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火花


芸人初の芥川賞受賞で大いに盛り上がった作品。

文芸春秋が出る前に購入して読んでしまっていたのだが、選者の評が読みたくてやはり文芸春秋も結局購入してしまった。

選者評では、エンディングの書き方を知らないんじゃないか、という人は居たが、概ね好評。
ただ各選者共、他の作品よりこの作品へのコメントが少ない様に感じられてしまった。

選者の中でも村上龍が「文学に対するリスペクトを感じる」と書いてあった。
村上龍が「リスペクト」という言葉を使う時は大抵、絶賛なのだが、そのすぐ後で「話が長い」とコメントされている。
実際の長さは問題ないのだろう。読んでいる人に「長い」と感じさせるところがよろしく無いのだと。

売れない漫才師の主人公が、これまた売れない先輩漫才師の神谷を好きになり、弟子にしてもらう。
話も大半がこの二人の会話なので、漫才のような軽妙な掛け合いを期待してしまう。
確かにそういうボケとツッコミは各所出て来るが、そこはさほどに大笑い出来るほどのやり取りではない。

主人公も神谷もいかにも要領が悪いように見えるが、神谷は要領が悪いと言うよりも単に自分に正直に生きているだけなんだろう。
その自分に正直の基準が一般人よりかけ離れているのが面白い。

同居していた女性の家を出ざるを得なくなった時に「一緒に来てくれ」までは普通だろう。
そこにいる間、勃起しておいてくれって発想はどこから来るんだ。

かと思うと主人公は芸人を止める決断をする時に、芸人をボクサーにたとえたりする。
ボクサーなら殴ったら終わりやけど、お笑いのパンチをいくら繰り出しても犯罪にはなれへん。
その特技を次の仕事で活かせ!などと凄い説得力のある言葉を繰り出したりもする。

とうとう新たなジャンルが出て来たか、ぐらいの期待度で読んだから、読み手として勝手にハードルを上げすぎてしまった感があるので、少々期待に至らなかったとしてもそれは著者の責ではない。
この神谷の存在が光っているので、まぁ、そこそこに楽しめる本ではあるが、それでも村上龍の言う通りちょっと長く感じたかな。

火花 又吉直樹 著



荒神


宮部みゆきという作家、本当に守備範囲が広い人なんだなぁ。

現代の推理ものがあったかと思えば、ファンタジーもの。
SF的なものが出たと思ったらやたらと江戸の時代ものが続いてみたり。

この「荒神」という物語。
時代は江戸の徳川綱吉時代なので時代ものには違いないが、時代ものは時代ものでも、もののけ、というか怪物が登場する。

どす黒い怪物となると、宮崎駿の「もののけ姫」に出てくるタタリ神を連想してしまいそうになるが、その姿がだんだん明らかになってくる。

時には蛇のように移動するかと思えば、時には足が生やしてどたどたと移動する。その時はティラノサウルスのような容姿なのだろうか。
口から硫酸のようなものを出しているのか、そのよだれを浴びたら、火傷で焼けただれる。
身体は鎧の如くで、矢も鉄砲も皆、はじき飛ばされる。
顔には目が無い。
人間は食らうが、他の動物には全く食指が動かないようで、牛馬などには目もくれないどころか、馬からなどは逃げ出す始末。

永津野藩、香山藩という架空の東北の二藩が舞台で、この二藩、関ヶ原以前からの因縁がある。
その二つの藩の間に位置する村にその怪物は現われ、村中の大半の人を食いつくしてしまう。

この怪物、そもそもこの二藩のいがみ合い時代に呪術を用いる一族によって生み出されようとした失敗作だった。
それがその一族の末裔の男の深い業によって蘇った?

これに立ち向かって行く人たち、まさに江戸時代版のブレイブ・ストーリーか?と思わせられるが、意外な形で怪物は昇華していく。

こういう物語って構想を練り上げて練り上げて、書きおろしで書くものなのかなぁ、と思いながら読んでしまったが、巻末に新聞に連載されたものを単行本化されたことが記載されている。
連載しながら、ストーリー考えていそうな雰囲気あるもんね。
新聞に連載小説が載ってても、読んだことがないが、毎日楽しみにしている人ってやっぱりいるんだろうな。

こういう物語、そういう読まれ方が似合っている気がする。

荒神  宮部みゆき 著



悟浄出立


中国の古典や物語で主役では無く、常に脇役の立ち位置の人ににスポットをあてた短編集。

「悟浄出立」
悟浄出立の悟浄とは「西遊記」に登場する沙悟浄(さごじょう)のこと。
沙悟浄が語り手にはなっているが、寧ろ注目すべきは猪八戒。
あの豚のなりになる前は天空に居て、しかも戦で負け知らずの大将軍だった。

えええっ!となる話。

「趙雲西航」
三国志の劉備の配下の将軍、趙雲が主役。
益州へと向かう船の中でのどうにも気分がすぐれない趙雲。

同じ立ち位置の将軍、張飛との対比が面白い。

「虞姫寂静」
項羽がとうとう四面楚歌になってしまう時の連れ合い、虞美人を書いた話。

「法家狐憤」「父司馬遷」
とどちらも荊軻(けいか)が登場するが、「法家狐憤」が面白いかな。

荊軻と同じ読みになる京科という人が主人公なのだが、中国で初めて法治国家というものを築いた秦という国の面白さが良く出ている。

官吏の登用試験にておそらく音が同じなので、荊軻と間違われて登用された京科。
法治国家についてははるかに詳しい荊軻は他国へ。

その後、他国の外交官として秦の国王への謁見がかなう立場となった荊軻は、秦の国王を暗殺しようと企てる。
暗殺は失敗に終わるのだが、その時の秦は法を最も重んじる国で、王の命よりも法を守る事が優先されてしまう。

法を重んじる法治国家がなにやら滑稽なものに見えてしまう、という面白さがある。

万城目学という人、「プリンセス・トヨトミ」だとか「とっぴんぱらりの風太郎」なんかのダイナミックな作品のイメージがある作家だけに少々意表を突かれた感じの作品群。

それにしても表紙に作者の名前のひらがなまで入れてもらって、あらためて「ああ、確かそういう読み方だったんだよな」と思いつつも頭の中に一度インプットされてしまっているのだろう。何故かすぐに「まんじょうめ」と読んでしまう。

「20世紀少年」の影響だろうか。

悟浄出立  万城目 学 著