カテゴリー: マ行



海に沈んだ町


三崎さんて、廃墟の作品が多い気がするなぁ。
この本、短編ばかりを集めた一冊。
その短編のいくつかには廃墟がからんでいる。

その廃墟になりゆくものの最たるものが、日本の高度成長期の人気の的だったニュータウン。
一旦「ニュータウン」と名前がついてしまうと、もはや時代に取り残されていようがいまいがいつまででも「ニュータウン」なのだ。
そのニュータウンを政府の保護政策の名のもとに動物を放し飼いにしたサファリーランドのようにして、そこに住む人たちを珍しい生態系かの如くに見物させる話。

これは廃墟ではないが、廃墟よりももっと気持ち悪い。

中に住む人にはその生態系が変わらない様に全盛期の時代のままを維持させねばならず、外の情報は一切入れず、テレビがあったとしてもそのニュータウンの全盛時代の再放送を繰り変えすだけ。
どこぞの一党独裁国家よりも恐ろしいなぁ。

決して朝を迎えることのない町を訪問する「四時八分」。
これはなかなか印象深い。

いくつかある短編の中で最もアイロニーにとんでいるのが、「橋」という話。

市役所の人間が訪れ、家の前の橋が規定の通行量を満たしていないので、もっと幅の狭い橋に作り変えるから賛同してほしい、と言う。

通行量を多くなったから大きなものに、なら賛成反対の前に言わんとすることの意は理解できる。でも、少なくなったからお粗末なものに作り変えるたって金がかかる。
それなのに素直に「うん」と言わない方がおかしい、と思わせるほどにその市役所職員の受け答えは理路整然としている。
なんだろう。このお役所説明の頑なさは。
なんなんだろうこの変な感じは。

またまた不思議な三崎ワールド。短編でも大いに発揮でした。

海に沈んだ町 三崎亜記 著



途上なやつら


なんともダメダメ人間の集まり。

小学校5年生の息子を放っポリ出してどっかへ消えて行く母親。
親戚の家と言われてやって来た先には、40歳を超えてまだ無職の男が一人。
70歳を超えて、ろくにお礼の一つも言えない爺さん一人。

そこはまるでシェアハウスのようなのだが、そうではなかった。
そこには誰も逆らえない人が居た。
マツコデラックスばりの体型の女性。
実に何事にもそっけないこの人に誰も口答えは出来ない。
全員、その人の家の居候だ。

大人に向かって平気で「生きてる価値が無い」と言い放つ小学生には少々げんなりさせられるが、実際にいとも容易く詐欺商法に引っかかりそうになる大人をこの小学生は助けたりしている。

この話、ストーリーはともかくもとにかくこのマツコデラックスの個性がひかる。

そっけないが結構ふところが深い。

凄い体型で到底もてそうにないのに、無茶苦茶男にもてたりする。

特に人さまにお勧めするような本でも無いが、暇つぶしには丁度手頃な本だということで紹介しておきます。

途上なやつら まさきとしか 著



仏果を得ず


三浦しおんさんという作家、ほんとにはずれが無い。
「神去なあなあ日常」にしろ「舟を編む」にしろ方や山村の林業、そこで行われる壮大な祭りの風景、方や辞書を編纂するというなんとも地味な世界、それをあれだけ読ませる話に仕上げてしまう。
しかし、今回だけは読み始めてどうなんろう、と思ってしまった。
文楽の世界。
全く興味をそそられる世界では無い。

そんなところにまで手を出しちゃったの?と

さすがにこの世界だけは、途中で眠たくなるんだろう、とばかり思っていたが、そうでは無かった。

文楽の世界は、物語を語る太夫とその太夫とコンビを組む三味線、そして人形遣い。
この三者で成り立っているのだが、これまではほとんど人形遣いの世界だと思っていた。
この話の中で、人形遣いの出番は少なく、ほとんど太夫と相方の三味線弾きが主要な登場人物だ。

主人公は高校の修学旅行でたまたま文楽に連れて行かれ、眠るつもりが太夫のあまりのエネルギーの凄さに圧倒され、卒業と同時に文楽の世界に身を置く、キャリア10年の健という若者。彼の役割りは太夫。

師匠の命令でとっつきの悪い先輩で「特定の太夫とは組まない」を信条としている兎一郎と無理矢理コンビを組まされる。

何と言っても師匠の命令は絶対なのだ。
とにかくこの健という青年、稽古熱心で文楽のことしか頭に無い。

そこまでその人物になりきらなければならないのか。
というほどに、その文楽の登場人物の心の在りかを探そうとする。
焦る健に三味線の兎一郎は
「長生きすりゃ出来るようになる」
みたいな事を言う。

兎一郎が言う長生きとはあと六十年長生きしたところでたったのあと六十年。
三百年以上にわたって先人たちが蓄積した芸の道をたったの六十年で極まることが出来るのか?
ということ。

仮名手本忠臣蔵の勘平と言えば、仇討ちの血判状に名を連ねながらも結局参加しなかった、出来なかった不忠者。

その勘平の心境を語ろうと悶々とする健が行きつくのが、
「死なぬ死なぬ」と叫ぶ勘平の叫び。

やっぱり、しおんさんははずさない人だなぁ。

今度、文楽というものを是が非でも観てみよう。

途中で眠ってしまわないかどうかは半信半疑ではありますが・・・。

仏果を得ず 三浦しおん 著