カテゴリー: マ行



途上なやつら


なんともダメダメ人間の集まり。

小学校5年生の息子を放っポリ出してどっかへ消えて行く母親。
親戚の家と言われてやって来た先には、40歳を超えてまだ無職の男が一人。
70歳を超えて、ろくにお礼の一つも言えない爺さん一人。

そこはまるでシェアハウスのようなのだが、そうではなかった。
そこには誰も逆らえない人が居た。
マツコデラックスばりの体型の女性。
実に何事にもそっけないこの人に誰も口答えは出来ない。
全員、その人の家の居候だ。

大人に向かって平気で「生きてる価値が無い」と言い放つ小学生には少々げんなりさせられるが、実際にいとも容易く詐欺商法に引っかかりそうになる大人をこの小学生は助けたりしている。

この話、ストーリーはともかくもとにかくこのマツコデラックスの個性がひかる。

そっけないが結構ふところが深い。

凄い体型で到底もてそうにないのに、無茶苦茶男にもてたりする。

特に人さまにお勧めするような本でも無いが、暇つぶしには丁度手頃な本だということで紹介しておきます。

途上なやつら まさきとしか 著



仏果を得ず


三浦しおんさんという作家、ほんとにはずれが無い。
「神去なあなあ日常」にしろ「舟を編む」にしろ方や山村の林業、そこで行われる壮大な祭りの風景、方や辞書を編纂するというなんとも地味な世界、それをあれだけ読ませる話に仕上げてしまう。
しかし、今回だけは読み始めてどうなんろう、と思ってしまった。
文楽の世界。
全く興味をそそられる世界では無い。

そんなところにまで手を出しちゃったの?と

さすがにこの世界だけは、途中で眠たくなるんだろう、とばかり思っていたが、そうでは無かった。

文楽の世界は、物語を語る太夫とその太夫とコンビを組む三味線、そして人形遣い。
この三者で成り立っているのだが、これまではほとんど人形遣いの世界だと思っていた。
この話の中で、人形遣いの出番は少なく、ほとんど太夫と相方の三味線弾きが主要な登場人物だ。

主人公は高校の修学旅行でたまたま文楽に連れて行かれ、眠るつもりが太夫のあまりのエネルギーの凄さに圧倒され、卒業と同時に文楽の世界に身を置く、キャリア10年の健という若者。彼の役割りは太夫。

師匠の命令でとっつきの悪い先輩で「特定の太夫とは組まない」を信条としている兎一郎と無理矢理コンビを組まされる。

何と言っても師匠の命令は絶対なのだ。
とにかくこの健という青年、稽古熱心で文楽のことしか頭に無い。

そこまでその人物になりきらなければならないのか。
というほどに、その文楽の登場人物の心の在りかを探そうとする。
焦る健に三味線の兎一郎は
「長生きすりゃ出来るようになる」
みたいな事を言う。

兎一郎が言う長生きとはあと六十年長生きしたところでたったのあと六十年。
三百年以上にわたって先人たちが蓄積した芸の道をたったの六十年で極まることが出来るのか?
ということ。

仮名手本忠臣蔵の勘平と言えば、仇討ちの血判状に名を連ねながらも結局参加しなかった、出来なかった不忠者。

その勘平の心境を語ろうと悶々とする健が行きつくのが、
「死なぬ死なぬ」と叫ぶ勘平の叫び。

やっぱり、しおんさんははずさない人だなぁ。

今度、文楽というものを是が非でも観てみよう。

途中で眠ってしまわないかどうかは半信半疑ではありますが・・・。

仏果を得ず 三浦しおん 著



愛妻納税墓参り


最近の新入社員はそろって空気が読める人間ばかりだと誰かが嘆いていた。

KYという言葉が一時流行ったっけ。

空気が読めないやつは嫌われるんじゃなかったのか?

怪訝な思いで聞いていると、廻りの空気ばかりを気にして自分の考えを持っていないんじゃないか。本音は何を考えているのか、さっぱりわからない、というのがその嘆きの主旨だった。

何を考えているのかわからないなら新人ばかりじゃあるまいに。

年配の連中だって本音のわかるやつなんて、そうそういないんじゃないのか。
まわりの空気ばかりを気にし過ぎて、上役のご機嫌伺いばかりしているやつなんで山ほどいるだろう。

三宅久之さんは周囲の意見に流されることなく、本当にぶれない人だった。

周囲全員が消費税増税反対!と言う中で、一人、老いも若きも金を使った連中から税を調達する、一番公平じゃないか!
年寄りだけがもらうばっかりじゃ、若い連中に不公平だ、と自論を曲げなかった。
三宅さんが一言発すると、廻りの反対連中もしーんとなる。

三宅さんは頑固一徹の空気が読めない人なんかではなく、空気さえも作ってしまう人だった。

「愛妻納税墓参り」この言葉、三宅さんの口から発せられるのを何度も聞いた覚えがある。

戦前、戦中、戦後の話などは生き字引のように語られる、三宅さんの言葉にはいつも説得力があった。

その三宅久之さんの回想録を三男の三宅眞さんがまとめているのがこの本だ。

一昨年の春ごろだったか、テレビ出演やら講演会やらの政治評論家活動の引退を宣言される。
それでも人生の幕を下ろす前にこれだけは、と思われたことが「安倍晋三をもう一度日本の総理大臣にすること」だった。
まだ本人すらその時期では無い、と思っていた時に本人を説得し、周囲にその空気を作り上げて行く。
三宅久之さん無くして今日の安倍内閣は誕生していない。

かーっと怒ったじかと思うと、次の瞬間にはもう愛くるしい(などと言えばおこがましいが)笑顔でニコニコしていらっしゃるあの笑顔。

回想シーン以外であの笑顔を拝むことはもう無くなった。

残念でならない。