カテゴリー: マ行



女のいない男たち


彼女を作らない草食系男子を描いた本ではない。

「ドライブ・マイ・カー」「イエスタデイ」「独立器官」「シェエラザード」「木野」「女のいない男たち」
の短編が集まった本。

ドライブ・マイ・カー
妻に先立たれた俳優が、生前の妻の不義を女性運転手に吐露する。
この女性の規則正しい運転が小気味いい。

イエスタデイ
関西弁を話すことをやめた芦屋生まれ芦屋育ちの大学生が主人公。
逆にバリバリの大阪弁を話す田園調布生まれ田園調布出身の友人。
彼が歌う大阪弁の変な歌詞をつけたビートルズのイエスタディ。

独立器官
父親の跡を継いだ美容整形外科の渡会医師。
生まれた時から恵まれた環境で育った彼は、生涯、結婚をしたいとは思わない。
だから、付き合う相手も既婚者か特定の付き合っている人がいる相手、つまり結婚を迫られる心配の無い相手とだけ付き合っているのだ。
適度な期間付き合ってはスマートに別れる。
そんな独身生活を謳歌していた彼がある時、本気で女性に恋をしてしまう。
その後の変わりようがなんとも痛ましい。

シェエラザード
浅田次郎に同名の大作が思い浮かぶが、それとは関係は無い。

何か施設のようなところに閉じこもった生活をしている男のところへ、週に何度か、冷蔵庫の中身をチェックしながら、買い物をして届けてくれる女性が派遣される。

まるで決まり事のように彼女と男は肌を重ね、その後に彼女の語りが始まる。

この短編の中で一番印象に残っているシーンは彼女が前世はヤツメウナギだったいうあたりか。

ヤツメウナギになりきって水底でゆらゆらとしながら、水面を見上げ、獲物を待つ。

そんな生き物に詳しいだけでもかなり珍しい人だが、その生き物になり切れる。

なんて想像豊かな女性なんだろう。

このいくつかの短編のなかで印象深かったのは、渡海医師の話か。

いや、やっぱり、ヤツメウナギだろうな。



小暮写眞館


高校生が主人公の物語。

彼の周辺に登場するのが、普通のサラリーマン家庭なのにちょっと変わり種の父親と母親。
引っ越し先に選んだのが、売り手が「駐車場にするしかないか」と思うほどに家としての価値が無い古い写真館。
写真スタジオがリビング。その写真館の看板もせっかくだから、とそのまま残す。

高校生の名前は「花菱英一」なので下の名前の英一を省略して息子を呼ぶ分にはいいが、彼の友人が「花ちゃん」と呼んでいるからと言って、父も母も弟までも「花ちゃん」と呼ぶ。
何かおかしい。

テンコという幼なじみの父親もちょっと変わったキャラクターで、誰に似ているか、と聞かれれば、その世代によって全く別人に見られてしまう人。

ある年代には草刈正雄、ある年代にはキムタク、またある年代には・・と全く別人に似て見える、という不思議な人。

そんな不思議な周囲に囲まれながら、英一はいくつかの「心霊写真」と思われるものの謎を解明する。 
という変な話なのかと思ったら、それは単なる前振りだった。

7年前にたったの四歳で亡くなった英一の妹。
その妹の葬式で、母は祖母をはじめとする親戚から鬼のような言葉の数々を浴びせられ、そんな言葉が無くっても、家族皆が全員自分のせいなのだ、と自分を責めている。

不動産屋の超無愛想事務員の手を借りながら、そんな状態から脱皮していく話でもあった。

それにしても英一君、高校生にしては守備範囲広すぎないか?



USJのジェットコースターはなぜ後ろ向きに走ったのか


この春以降、テーマパークのからみで一番話題をかっさらったのはUSJのハリーポッターのエリア、「ウィザーディング・ワールド・オブ・ハリー・ポッター」。

実はUSJのハリーポーアトラクションへのの取り組みはこの本が書かれた2013年度から遡ることさらに3年前。

当時のUSJはオープンの年の入場者数1000万人を年々下回り、せいぜい700万人。売上予想は450億。
そこへハリポッターをアトラクションを誘致するとなるとその売上の2倍の資金が必要になるというとんでもない投資。
それを、次に来るボールが、打てば必ずホームランとなるど真ん中のストレートだとわかっていて、バットを振らないプロ野球選手がいるか!とばかりに経営陣を説得し、契約までこぎつけさせてしまう。

その代わりにハリーポッター開始までの3年間、新たな設備費用をかけずに売上・入場者数を伸ばす、という使命をこの筆者は達成しなければならない。

その一年目で起こったのが東日本大震災。
日本全国が自粛ムード一色でテーマパークどころの話じゃない。

もはや、3年目の初年度は目標達成は無理だろうと誰しも思う中、大阪府の橋本知事(当時)にかけあって、子供たちを無料でUSJへ招待する。
子供が来れば、親も付いてくるのだ。
その後もハロウィーンのイベント。
クリスマスのイベントなどで客を取り戻す。
USJ=映画のみ、というこだわりも捨て、大ヒットアニメ「ワンピース」のアトラクション。
ゲームソフト「モンスターハンター」のアトラクション。
と、次々とヒットを飛ばす。

そして究極の、既存設備の有効利用がこの本のタイトルになっている「後ろ向きに走るジェットコースター」。
元々のジェットコースターの品質が良かったために、作り直しをしなくても後ろ向きにして安全性が確保できた。

3年目の危機は東京ディズニーランド30周年ともうすぐハリーポッターがやって来る、という期待感から来る入場者の先延ばし感。

前段はこういうかたちで3年間、費用をかけずに入場者数を伸ばしていった逸話。
後段はマーケティングとは、という筆者の考え方が披露されている。

数々の成功をモノにしてきた人にしか語れない話だ。

いやぁ、確かに感心して読み惚れてしまうような話ばかりなのだが、いざそういう仕事をやってみたいか、と問われればどうなんだろう。

採算度外視で好きなことだけやってりゃいいなら別だが、結果が問われる世界だ。

どんな業界だって同じだろう、と言われるかもしれないが、このエンターテイメントの世界、あまりにサイクルが短い。

一つヒットを飛ばした瞬間には次のアイデアの着想に入って行かなければならない。
来るお客さんに常に新しいものを提供し続けなければならない。

やはりなんでもそうだが客側の立場で楽しむのが一番だ。

USJのジェットコースターはなぜ後ろ向きに走ったのか -V字回復をもたらしたヒットの法則- 森岡 毅 著