カテゴリー: ヤ行



リアル鬼ごっこ


時は30世紀。
日本は王国になっている、時の王様は150代目

日本の皇室でさえ20世紀、いや15世紀ほどか、その間に125代。
ということはこの21世紀からみての日本の未来が設定というわけでもなさそうだ。

主人公の佐藤翼は中学・高校・大学と陸上部に所属し、短距離の実力は高校時代ではインターハイのトップクラス。
中学、高校、大学という学校制度、インターハイという大会の存在、全く現在日本と同じ。
翼の家庭は翼の幼い頃に父親のDVで母親は妹を連れて出て行ってしまう。
これも日本のどこかに転がっていそうな話。

父親の職業について翼は関心が無かったが、実は大手企業に勤めていたという。
大手企業という存在があるという事は資本主義社会なのだろう。

翼の住む横浜といい、新幹線という乗り物といい、新大阪から淀川区の新北野へ移動するあたりといい、現代日本との違いは見当たらない。

その現在の日本を舞台にしながら王様がいる。
しかも独裁政権。
カリスマ性ゼロ。
誰の口からも馬鹿王様としか言われない。
その馬鹿王の苗字が「佐藤」なのだという。
その30世紀の世界の日本の人口は約1億人。
その内、佐藤姓の人口が500万人。
この王様、自分と同じ佐藤姓の存在が気に入らないので、抹殺したいと言い出す。

他の佐藤姓が気に入らないのなら、佐藤の人偏を取って左藤にでも皆の姓を変えてもらったらどうなんだ。
それも名刺やら表札やら役所の書類やら全部変えるとなると大混乱だ。あっちこっちに補助金をばらまかないと・・って全員殺すよりははるかにましなのだが。

自分の姓を「大佐藤」とか「キング佐藤」とか勝手に変えりゃいいものを、他の佐藤姓は全員抹殺したいのだという。

それではじまるのが、リアル鬼ごっこ。
兵隊が鬼で逃げるのが佐藤姓の人達。
鬼ごっこのルールは晩の11時から午前0時までの1時間。
期間は一週間。
この時間帯には全ての交通機関をストップ。公共交通機関だけではなく車も単車も使用すれば即死刑。
この交通機関の無い静かな1時間を佐藤姓の人達は鬼から逃げ回る。
兵隊達も佐藤を捕まえなければ、死刑。
いやがおうにも兵隊は必死になって佐藤を殺戮し、この世から佐藤姓が消滅するだろうというのが、この馬鹿王様の思いつき。

というより、実際にそういう展開になっていく。

なんとも荒唐無稽なむちゃくちゃな設定に、この本をそのまま読み続ける値打ちがあるのだろうか、などと考えてしまうがせっかく手元にあるのだから、と一時間を目途に一気に読んでまう事にした。

一週間の深夜一時間の鬼ごっこで、500万人の佐藤さんを全員抹殺出きるとは到底思えない。
日本という国、国土は狭いと言われるが、存外に広いのだ。

国内線の飛行機に乗って地上を見るとなんと緑豊かな山林の多い国土なのかとびっくりさせられるほどだ。
近隣の他の国、例えば中国でもモンゴルでも地上を見ればまっ茶、茶。岩石砂漠の地域が緑の大地よりもはるかに多い。

横浜の住宅街やら大阪の十三近辺などというところで逃げ回る場面だけが登場するが、
あの山林の中に一週間籠っていれば、そうそう捕まるもんでもないだろう。
日本には昔から山の民という人達が居てその末裔は現存している。
山の民なら逃げ場所などいくらでも提供してくれるだろう。
なんせ彼らは時の権力にあまり従順ではないのがさがなのだから。

山の民ならずとも横浜や大阪の住宅地の人だって、全てが全て傍観しているわけがないだろう。
人口1億に500万人。20人に一人の割り合い。
現在の正確な割り合いは知らないが小学校、中学校、高校、大学、社会人・・どの場面を思い出しても周囲の知り合いに4~5名の佐藤さんが居た様に思う。
いや佐藤さんに限らず、田中さんだって、鈴木さんだって、井上さんだって、山田さんだって、山本さんだって・・・いつも周囲に何人か居たっけ。
中田さんだって、中沢さんだって、中村さんだって、中山さんだって、宮本さんだって、秋田さんだって、稲本さんだって、森島さんだって、小野さんだって、高原さんだって、三浦さんだって、釜本さんだって、都並さんだって、三都主さんだって、ラモス瑠偉さんだって、呂比須ワグナーさんだって、ってなんかいつの間にかサッカー歴代日本代表選手に変ってる?

そんなことはさておき、知り合い、同級生、友人、親戚、先輩、後輩、ご近所さん、サッカー選手、野球選手、有名人(ファンなら特に)・・・そんな佐藤さんを見て見ぬフリをするか?
あっちこっちでレジスタンスが蜂起するだろう。
日本人はお上の言うことに素直で大人しいと良く言われるが、自分の知り合いが、友人が、何の罪も無いのにこれからお上によって殺されようとしているのだ。
消費税のUPやら年金記録の間違いなどとは全く次元が違う。
必ずや人々は蜂起するだろう。
片や鬼の方の兵士にしても事態は同じだ。
鬼になった兵士100万人、100万人の軍隊って相当な軍事国家だな。自衛隊だって30万人も居ないだろう。その100万人の兵隊の中にも5万人相当の佐藤さんは居るはずで、その仲間達を狩れるか?
ともに戦い、訓練して来た戦友、部下、教え子、上官にそれぞれ佐藤さんは何人もいるだろう。そんな仲間を狩るか?
狩る前にクーデターを起こすだろう。

なんせ、その王様は誰からも尊敬されていない馬鹿王様なんだし。

もっと言えば、王さんがその策を言い始めた途端に側近が、とうとう気がふれたか、と王さんを幽閉してしまうのが最もありそうな話で一般的な対応か。

100万歩譲って、物語通り兵隊による狩りが行われたとしよう。
鬼ごっこで佐藤さんを捕獲出来なかった兵隊もまた死刑なのだ。
双方命がけ。

ところがこの物語、夜の11時までの間は佐藤さんはのんびり自宅で過ごし、夜の11時前に、街へ出て鬼と遭遇して逃げ回る。

鬼さんも命がかかってるなら、もっと必死になるんじゃないのか。
夜の1時間だけと言いながら、11時が来れば即座に捕獲出来る様に、昼に尾行し、居場所を押さえて置こうとするだろう。
逃げる方だって、それは同じじゃないのか。
結局、夜の1時間だけの捕獲時間と言いながらも、24時間見張り、24時間見つからない様になってしまうもんじゃないのか。

全く突っ込みどころが満載過ぎて書ききれない。

この本、果たして千円という本代の値打ちがあるんだろうか。
1時間で読み飛ばされた後おそらく二度と読まれる事も無いだろうに。

ところがなんと、この「リアル鬼ごっこ」、本が大ヒットして更に映画化もされたという。

なるほど、確かに映画にはぴったりかもしれない。
本だと突っ込みたくもなるが映画なら全て許される。
映画こそ一回こっきり観るためだけに1800円也を払うわけだ。
それに比べて本代が惜しいはずがないっか。

あまりこの本のことを褒めていないような文章になってしまったが、なかなか感動的なシーンもあるので、そのあたりを紹介しておこう。

妹も佐藤姓。妹を助けるために土地勘の無い大阪へやって来て、そして14年ぶりの再会を果たす。
この妹との兄弟愛と絆。

命がけで自分を助けてくれた、かつての悪ガキ仲間の同じ佐藤姓の友人との友情と絆。

初日は遭遇さえしなかった鬼が、日に日に佐藤さんが減ってくるに従って遭遇する確率も高くなりだんだん追っ手の数が増えて来る、その恐怖。

ただねぇ、結末は誰しもそれだけはあまりに当たり前だろうから、と結末の選択肢からはずすと思われる結末。

なんとも・・。

ちなみにこの本のジャンルはホラーなのだそうだ。
確かに30世紀と言ってもSFでも無ければ、ファンタジーでもミステリーでも無い、いくら該当するジャンルが無いからって・・・ってなことをつらつらと考えるにつれ、おぉ、やっぱりホラー以外の何者でもないように思えてきた。

リアル鬼ごっこ 山田悠介 著



時が滲む朝


中国人として初めての芥川賞受賞。
あの天安門事件の時の大学一年生が主人公。
学生達の叫んだ民主化、民主化は掛け声だけだったのだろうか。
登場人物は民主化とはいかなるものなのか、イメージがつかめないままどんどんその運動の渦中に入って行く。
天安門事件を扱うのなら、あの当時中国の学生達を燃え上がらせた、また燃え上がらざるを得なかったその背景についてもっと踏み込んでいってほしい気持ちはあるが、民主化と言ってもそのイメージもないままに突入した学生が主人公ならばその背景を描くことは返って矛盾となる。

学生を煽った先生はアメリカへ亡命。
かつての同志たちもバラバラに。
日本へ移住した主人公は中国の民主化運動のグループに参加する。
ちょうど北京五輪の最中である。
その北京五輪の開催反対の署名活動を行う人物が主人公になった本がこの時期に賞を受賞したこととの因果関係などを勘繰りたくなってしまうが、芥川賞の受賞作家達が選考委員となって決定される賞である。
背後に政治的意図などは皆無だろう。

主人公はひたすら生真面目に香港返還の反対運動や五輪開催反対運動を行おうとするのだが、グループに集まる人々の目的は様々で、商売のための人脈作りが主だったりする。

中国本国の経済発展を横目で見ながら、民主化という名の霞みだけを食っていては誰も満足に食べてはいけないということなのだろう。

この本より何より楊逸という人の芥川賞受賞のインタビュー記事の方がはるかにインパクトがあった。
このインタビュー記事の内容を小説にした方がはるかに読む者を引き付けたのではないだろうか。

幼年時代は文化大革命の真っ盛り。
五人兄弟で長姉は下放の折りに事故で亡くなる。
その次は一家全員が下放でハルピンの家から地方へ。
行った先は零下30度の激寒の地。
もちろん電気もガスも暖房器具に相当するものも何にもない。
何年かしてようやくハルピンへ帰ることが出来るのだが、一家で飼っていた愛犬までは連れて帰るわけにはいかない。
近所の人に面倒をみてもらおうとお願いしたら、鍋にして食べられちゃった。
うーん、なんとも中国らしい話だ。
帰ったハルピンには住む家がない。
一家が住んだのはなんと高校の教室。
学生達が登校してくる前に携帯のコンロで朝ごはんを作り、登校してくる頃にはそれぞれの職場や学校へ散って行き、学生達が帰るとまたその教室へ舞い戻り、晩御飯。

ようやく学校の敷地内に部屋を設けてもらうが、お隣りの一家が学校が購入したテレビをお正月にみようと自分の部屋に持って来て、というあたりも中国人らしさならそのあとがもっとすごい。スイッチを入れたとたんにテレビから火が吹き出して、部屋は全焼。
そのあおりを受けて楊逸さん一家の部屋も全焼してしまう。

なんともはや踏んだりけったりもいいところ。
ただ多かれ少なかれ、党員のエリートでもない限りは同じような境遇に出くわした時代なのだろう。

今でこそ、経済発展めまぐるしい中国だが、ほんの少し前までは街中は人民服と自転車であふれ、カラー写真といえば毛沢東の写真ぐらい。
モノクロの時代だったのだ。スイッチを入れただけで燃え上がるなんてというテレビを作る方が難しいのではないか、と思えるが、この話は誇張ではないのだろう。
肝心の天安門事件の頃にはもう日本へ移住していたが、北京に学生が集まる姿を見て傍観は出来ないと北京まで足を運んでいる。
人民解放軍が登場する頃には実家へ戻っていたので、難は逃れたが、その楊逸さん自身が民主化運動って何なのか意味が良くわからないままだったと言っている。
素直な人だ。
妹を連れて北京を歩き、蘭州ラーメンを食べさせたところ妹がチフスにかかってしまう。親はそんなものを食べさせるからチフスにかかるんだ、と中国に住む人でさえ中国の食に対する信用は薄い。このあたりは今でもそうなのだろうか。

いずれにしても、そんな生い立ちをもってしても楊逸という人なんともあっけらかんとしている。
これがいわば大陸の気風というものだろうか。
次作ではそういう大陸の気風というものが作品に表れたらいいのになぁ、などと思ってしまうのである。

第138回芥川賞受賞 時が滲む(にじむ)朝 楊逸(ヤン・イー)著



顔 FACE


こういう視点からの刑事もの捜査ものの話はちょっとめずらしいかもしれません。
婦警の視点からの警察の署内とはいかなるものなのか。
婦警という言葉、実は例の男女雇用均等法以降、女性警察官に改まったと思いますが、小説内にては婦警という呼称を使用していますので、その呼称に倣います。

以前は駐車違反の取締りなどで、良く見かけた婦警さんですが、最近は民間のオジさん達にとってかわられてからというもの、とんと見かけなくなってしまいました。

以前は良く駐車している車の所にミニパトでやって来て、違法駐車車のタイヤの横でチョークを持っている姿を見かけたものです。
取り締まりとなると、なんとも冗談も通じない、固い顔をしてひたすら業務に専念する。話す言葉もお定まりの決められた言葉しか発しない、まるでロボットのようなイメージを持った頃さえあります。
それは婦人警官だから、嘗められてはいけない、という気持ちからなのでしょうか。
それともそれだけ若い人だったというだけかもしれませんね。
いずれにしても与えられた職務に忠実だった、ということには違いない。
どこぞの国の警官みたいに袖の下なんて絶対にありえない。
そんな清廉潔白な人達とだというのに・・。

それでも署内ではこんな理不尽な扱いを受けていたのでしょうか。

「ったくだから女は使えねぇ」とか、異動先の上司からは「婦警なんぞ廻されたら一人減と一緒じゃねぇか」などと酷い言葉を日々浴びせられる。

主人公は犯人の似顔絵描きを専門とする婦警さん。
だからタイトルも顔 FACEなのでしょう。
書いた似顔絵で犯人が迅速に捕まったので、警察の広報活動の一貫で記者会見を開く事になるのですが、実際に捕まった犯人とその似顔絵は似ても似つかない。
その似顔絵は「お手柄。婦警さん」の新聞見出しとともに掲載されるはずのもの。
上司は彼女に犯人の写真を渡し、似顔絵の書き直しを命じる。

それって改ざんではないか。似顔絵改ざんを彼女は拒もうとするが組織のため、上司のため泣く泣く改ざんをしてしまう。

良心の呵責に耐えかねて、無断欠勤の上、失踪、そして半年間休職。

そんな繊細な人には警官などという仕事は向いていないのかもしれませんが、ところがそんな繊細な主人公は似顔絵描きで培われた注意力、観察眼には人一倍の能力を持っているのです。

なんだかんだと罵声を浴びせられながらも結構、難事件の解決の糸口を発見したり、と活躍するのです。

世の中、犯罪の総数は以前より少なくなったかわりに、凶悪な犯罪やわけのわからない犯罪が多くなって来ています。

こんなご時世だからこそ、頑張れ婦警さん。と主人公のような婦警さんを応援したくなります。

顔 FACE  横山秀夫著