月別アーカイブ: 8月 2008



時が滲む朝


中国人として初めての芥川賞受賞。
あの天安門事件の時の大学一年生が主人公。
学生達の叫んだ民主化、民主化は掛け声だけだったのだろうか。
登場人物は民主化とはいかなるものなのか、イメージがつかめないままどんどんその運動の渦中に入って行く。
天安門事件を扱うのなら、あの当時中国の学生達を燃え上がらせた、また燃え上がらざるを得なかったその背景についてもっと踏み込んでいってほしい気持ちはあるが、民主化と言ってもそのイメージもないままに突入した学生が主人公ならばその背景を描くことは返って矛盾となる。

学生を煽った先生はアメリカへ亡命。
かつての同志たちもバラバラに。
日本へ移住した主人公は中国の民主化運動のグループに参加する。
ちょうど北京五輪の最中である。
その北京五輪の開催反対の署名活動を行う人物が主人公になった本がこの時期に賞を受賞したこととの因果関係などを勘繰りたくなってしまうが、芥川賞の受賞作家達が選考委員となって決定される賞である。
背後に政治的意図などは皆無だろう。

主人公はひたすら生真面目に香港返還の反対運動や五輪開催反対運動を行おうとするのだが、グループに集まる人々の目的は様々で、商売のための人脈作りが主だったりする。

中国本国の経済発展を横目で見ながら、民主化という名の霞みだけを食っていては誰も満足に食べてはいけないということなのだろう。

この本より何より楊逸という人の芥川賞受賞のインタビュー記事の方がはるかにインパクトがあった。
このインタビュー記事の内容を小説にした方がはるかに読む者を引き付けたのではないだろうか。

幼年時代は文化大革命の真っ盛り。
五人兄弟で長姉は下放の折りに事故で亡くなる。
その次は一家全員が下放でハルピンの家から地方へ。
行った先は零下30度の激寒の地。
もちろん電気もガスも暖房器具に相当するものも何にもない。
何年かしてようやくハルピンへ帰ることが出来るのだが、一家で飼っていた愛犬までは連れて帰るわけにはいかない。
近所の人に面倒をみてもらおうとお願いしたら、鍋にして食べられちゃった。
うーん、なんとも中国らしい話だ。
帰ったハルピンには住む家がない。
一家が住んだのはなんと高校の教室。
学生達が登校してくる前に携帯のコンロで朝ごはんを作り、登校してくる頃にはそれぞれの職場や学校へ散って行き、学生達が帰るとまたその教室へ舞い戻り、晩御飯。

ようやく学校の敷地内に部屋を設けてもらうが、お隣りの一家が学校が購入したテレビをお正月にみようと自分の部屋に持って来て、というあたりも中国人らしさならそのあとがもっとすごい。スイッチを入れたとたんにテレビから火が吹き出して、部屋は全焼。
そのあおりを受けて楊逸さん一家の部屋も全焼してしまう。

なんともはや踏んだりけったりもいいところ。
ただ多かれ少なかれ、党員のエリートでもない限りは同じような境遇に出くわした時代なのだろう。

今でこそ、経済発展めまぐるしい中国だが、ほんの少し前までは街中は人民服と自転車であふれ、カラー写真といえば毛沢東の写真ぐらい。
モノクロの時代だったのだ。スイッチを入れただけで燃え上がるなんてというテレビを作る方が難しいのではないか、と思えるが、この話は誇張ではないのだろう。
肝心の天安門事件の頃にはもう日本へ移住していたが、北京に学生が集まる姿を見て傍観は出来ないと北京まで足を運んでいる。
人民解放軍が登場する頃には実家へ戻っていたので、難は逃れたが、その楊逸さん自身が民主化運動って何なのか意味が良くわからないままだったと言っている。
素直な人だ。
妹を連れて北京を歩き、蘭州ラーメンを食べさせたところ妹がチフスにかかってしまう。親はそんなものを食べさせるからチフスにかかるんだ、と中国に住む人でさえ中国の食に対する信用は薄い。このあたりは今でもそうなのだろうか。

いずれにしても、そんな生い立ちをもってしても楊逸という人なんともあっけらかんとしている。
これがいわば大陸の気風というものだろうか。
次作ではそういう大陸の気風というものが作品に表れたらいいのになぁ、などと思ってしまうのである。

第138回芥川賞受賞 時が滲む(にじむ)朝 楊逸(ヤン・イー)著



電子の星 池袋ウエストゲートパークIV


「東口ラーメンライン」「ワルツ・フォー・ベビー」「黒いフードの夜」「電子の星」の4篇。

池袋の路上で上野のGボーイズに相当するチームのリーダーが数年前に何者かに殺害され、その真犯人探す被害者の父親。
調べていくうちにだんだんと明らかになっていくそのリーダーの実像・・・「ワルツ・フォー・ベビー」

軍事政権のビルマにあって、アウンサンスーチー側の民主運動に加担したとして投獄された二人の男。
その時の拷問のせいで今だに真っ暗だけはいやだと夜中でも電気をつけないと眠れない。その一人は家族を守るために味方を売って、日本へ逃げて来た。
もう一人はその裏切り行為を許せない、というレベルはとうに過ぎて、単に裏切り行為をばらされたくなかったら、とその子供のあがりまで吸い上げる。
14歳の少年がボロボロになっていくのを見逃せるマコトではない・・・・「黒いフードの夜」

そんじょそこらのMじゃない。人体が損壊されるシーンがそのままショーになり、その残虐ショーのDVDがマニアの間で高値で取引される。
そこまでいったら、趣味とかってレベルじゃないでしょ。
もう完璧に壊れた人たち・・・・「電子の星」

「東口ラーメンライン」
ラーメン屋ってそんなに行列が出来るものなのか?
そういや、東京出張の時に行列の出来ている寿司屋へ連れて行ってもらったことがある。なんで、わざわざ、こんな並んでまで、とこっちは思うのだが、相手の好意だったのでやむを得ない。つきあってみた。
しばらく待たされて、カウンターに通される。
寿司ネタが悪いとか、そんなことはないのだが、いやはやなんとも感じの悪い店なのだった。
こっちは別に食い気だけで店に入ったわけじゃない。
しばし会っていなかった人物と再会すればそれなりに話もしたいところ。
結構注文したにもかかわらず、箸を休めてビールを飲んだだけで、
「食べないならとっとと帰ってよ!」とカウンターの中から声がかかる。
そりゃあれだけ行列が出来てるんだから、腰を落ち着けられたらたまらないのだろう。

行列の出来る店なんて行くもんじゃない。

以前ラーメンに関しては結構、食い歩きをしたことがあるのだが、どうにも人に是非ともとお勧めできるような店には出会えなかった。
あの当時、少しずつ欠点を紹介せよ、と言われたら結構的を得た指摘が出来たかもしれない。
ラーメン屋はやっぱりアルコールを浴びるように飲んだあとの締めくくりが一番。
そんなラーメン屋ならいくらでも知っている。

そんなこんなで、元Gボーイズのお二人のラーメン屋さんの店に行列が出来るのは多いに結構なことだが、私は行列の出来る店にはたぶん行かない。
だから美味いラーメン屋に出会えなかったのかもしれないが・・・。

電子の星 池袋ウエストゲートパークIV IWGP 石田衣良著



顔 FACE


こういう視点からの刑事もの捜査ものの話はちょっとめずらしいかもしれません。
婦警の視点からの警察の署内とはいかなるものなのか。
婦警という言葉、実は例の男女雇用均等法以降、女性警察官に改まったと思いますが、小説内にては婦警という呼称を使用していますので、その呼称に倣います。

以前は駐車違反の取締りなどで、良く見かけた婦警さんですが、最近は民間のオジさん達にとってかわられてからというもの、とんと見かけなくなってしまいました。

以前は良く駐車している車の所にミニパトでやって来て、違法駐車車のタイヤの横でチョークを持っている姿を見かけたものです。
取り締まりとなると、なんとも冗談も通じない、固い顔をしてひたすら業務に専念する。話す言葉もお定まりの決められた言葉しか発しない、まるでロボットのようなイメージを持った頃さえあります。
それは婦人警官だから、嘗められてはいけない、という気持ちからなのでしょうか。
それともそれだけ若い人だったというだけかもしれませんね。
いずれにしても与えられた職務に忠実だった、ということには違いない。
どこぞの国の警官みたいに袖の下なんて絶対にありえない。
そんな清廉潔白な人達とだというのに・・。

それでも署内ではこんな理不尽な扱いを受けていたのでしょうか。

「ったくだから女は使えねぇ」とか、異動先の上司からは「婦警なんぞ廻されたら一人減と一緒じゃねぇか」などと酷い言葉を日々浴びせられる。

主人公は犯人の似顔絵描きを専門とする婦警さん。
だからタイトルも顔 FACEなのでしょう。
書いた似顔絵で犯人が迅速に捕まったので、警察の広報活動の一貫で記者会見を開く事になるのですが、実際に捕まった犯人とその似顔絵は似ても似つかない。
その似顔絵は「お手柄。婦警さん」の新聞見出しとともに掲載されるはずのもの。
上司は彼女に犯人の写真を渡し、似顔絵の書き直しを命じる。

それって改ざんではないか。似顔絵改ざんを彼女は拒もうとするが組織のため、上司のため泣く泣く改ざんをしてしまう。

良心の呵責に耐えかねて、無断欠勤の上、失踪、そして半年間休職。

そんな繊細な人には警官などという仕事は向いていないのかもしれませんが、ところがそんな繊細な主人公は似顔絵描きで培われた注意力、観察眼には人一倍の能力を持っているのです。

なんだかんだと罵声を浴びせられながらも結構、難事件の解決の糸口を発見したり、と活躍するのです。

世の中、犯罪の総数は以前より少なくなったかわりに、凶悪な犯罪やわけのわからない犯罪が多くなって来ています。

こんなご時世だからこそ、頑張れ婦警さん。と主人公のような婦警さんを応援したくなります。

顔 FACE  横山秀夫著