月別アーカイブ: 9月 2008



十一番目の戒律


この本、数あるジェフリー アーチャーの作品の中でもピカ一なのではないだろうか。
CIAのエージェントであるコナー・フィッツジェラルドに課せられた現役最後の役目、反米を売り物にする当選確実のコロンビア大統領候補の選挙期間中の暗殺。
この指令は、CIAのヘレン・デクスターという女性長官から発せられたもの。
この女性と副長官との会話などを読むと世の中に起こること全てが陰謀と謀略によるものではないか、とさえ思えてしまう。

自国の大統領でさえ、次の選挙まで間の短命な指導者。そんなものに追随するつもりなどさらさら無く、米国で最も権威、権力があって必要不可欠な存在は自分だと信じて疑わない。
アメリカの大統領が短命だって?でも任期は4年、再選時は現職有利な事が多いので2期8年間、その座に居る事が多いというのに。
それでも女性長官から言わせれば、大統領選挙は4年に一回でもその間に中間選挙があるので、2年に一回は大統領は国民に媚を売らねばならない。
それに比べてCIA長官の地位は選挙なんて無関係。
その気になれば20年でも30年でもその地位に踏みとどまれる。

4年~8年その地位に居る指導者でも「いずれは変わる」などと思われる程度なのだとしたら、日本の指導者は官僚からいったいどう思われているのだろう。
一年毎に交代する首相。1年に何人も入れ替わった農水大臣。
麻生政権が組閣してわずか5日。たったの5日で辞任してしまう国交省大臣。
各省庁の役人がそのリーダーシップに引っ張られて、なんてどう考えたって考えられない。
同じ9月。ほんの少し前に短命で去って行った大田農水大臣には職員から花束贈呈があったそうだが、この国交省大臣に関してはそんな事も行われなかっただろう。
まぁ、その花束代にしたって官僚が身銭を切っているとは思えない。どうせ税金なのだろうから、花束贈呈などという悪しき慣習も終わらせるに越したことはないが・・・。

話が少し横道に入ってしまったが、民意が選出した政治家の指導者に対する尊敬も信頼も命令服従の気持ちのかけらもない人間がそれぞれの省庁の実権を握っていることと、CIAの長官職に就いていることはある種共通するものがあるだろう。
もちろん官僚が暴走するよりもCIA長官が暴走する方がはるかに恐ろしいのだろうが・・・。

彼女の一言はありとあらゆる捏造を可能にする。
その気になればどんな人間のプライバシーだって知り得てしまう。
どんな政治家でも彼女がその気にばれば失脚させることなど容易いこと。
それまで存在した人間の生きた痕跡を消してしまうことだって行えてしまう。

これはもちろんフィクションだが、冒頭のコロンビアでも過去、選挙中、在任中を問わず、暗殺された指導者、国会議員などいくらでも居ただろう。
都度、麻薬を扱う非合法組織が仕組んだものとして片付けられた。
コロンビア以外でもそんな例はいくらでもあるだろう。
自国のケネディ暗殺にしてもそう。
このCIAの女性長官にかかればそんなことはいとも容易く行えてしまえそうなところがなんとも不気味である。

このCIAの女性長官に負けず劣らず、民主主義にて選出された指導者を小ばかにしているのが、ロシアの新大統領。
彼は就任した後に選挙は二度と行わないつもりでいる。
この本が出版されたのは1998年。まだエリツィン政権の時代だが、その先のプーチン政権の誕生を予見しているかの如くである。

両者とも「誇りある強いロシア」の再建を目指す。
小説に登場するゼリムスキーロシア新大統領は、スターリン、ブレジネフの再来と呼ばれることを喜ぶが、現実のプーチンはむしろソビエト誕生前の帝政ロシア時代の方を目指しているのかもしれない。
ソビエト時代に消えていたコサック兵なんかもプーチンの時代になって再来した。
秘密警察を再結成し、それが暗躍していることを世界に知らしめたのは2006年の女性ジャーナリストの暗殺だろう。
そして北京オリンピックの開幕と共に開始されたグルジア侵攻。
プーチンは任期8年で大統領の座を後任のメドヴェージェフへ引き渡したが、プーチンの傀儡政権とも呼ばれている。
生きている限りは政権TOPの座に、という物語のゼリムスキーと似ていないだろうか。

コロンビアの暗殺事件への関与を大統領から疑われたCIAの女性長官は、CIA内で最も有能なエージェントであるコナーの存在を消し去り、なきものするための画策を行うが・・・。
逆にCIAで最も有能なエージェントなだけにそんなに容易くなきものにされるのだろうか。
その舞台がひっきりなしに変わって行くので、読む側に若干の煩わしさはあるかもしれないが、逆にそれはそれで物語をテンポ良くさせてもいる。

とにかく最後の最後まで読みどころ満載な読み物なのだ。

十一番目の戒律 ジェフリー アーチャー (著),The Eleventh Commandment Jeffrey Archer (原著), 永井 淳 (翻訳)



トロール・フェル


数年前のことになりますが、北欧三国へ赴いた事があります。
まだ11月だというのにヘルシンキへ降り立つ手前の海が凍っておりました。
湖じゃあるまいし、海が凍るってそんな事・・・と驚いた記憶があります。
まぁ確かに太平洋のような大海というわけでもないしバルト海からしてみてもヘルシンキあたりからが湾のようになっている、ということもあるのでしょうが、とにかく海が凍っている、その状態そのものに途轍もなく驚いてしまったわけであります。

街中を歩いていても、11月の割りには結構防寒していたんですが、すぐに身体がしんしんと冷え切って来るのがわかり、早々に宿泊ホテルへ帰ったのを覚えています。

さて、この「トロール・フェル」というお話、児童書です。グリム童話を長編にしてみましたみたいな。
活字も大きいですし。
まさか老眼の方向けに活字も大きくしたわけではないでしょう。

舞台はおそらく北欧、スカンジナビアのどこか。時代はコロンブスが新大陸を発見する前。
そのタイトル通り、トロールが登場します。
トロールはいろんな物語に登場しますが、メジャーにしたのはやはり「ハリー・ポッター」でしょうか。
大抵の物語でトロールは粗暴で醜悪で図体が大きくおつむは弱い。

この物語ではトロールよりもはるかにあくどい人間が登場します。
主人公のペールは船大工の父親を失う。そのペールを全く面識の無い叔父が引き取りに来る。
叔父というのが双子の兄弟でこれが揃ってタチが悪い。
代々水車小屋を持ってそこで粉引きをなりわいとしているのですだが、その兄弟に頼むと粉が減って返って来る、と評判が悪く、周囲の村人はだんだんと粉引きも頼まなくなって来ている。
そこに現れた新たな甥は新たな収入源としか二人には見えない。
少年の父の残した金を奪い、家財道具も全部売っぱらって、少年には一切何も渡さないばかりか、重労働を強いて、食事もまともに与えない。
しまいには奴隷にして売っぱらってしまおう、などと考える、とんでもない叔父兄弟なのです。

あの北欧南端であれだけ寒かったことを考えるとトロール山というから山の方なのでしょう。そんなところでこの主人公は良く凍え死なずにこの叔父の仕打ちに耐えて生き残ったものです。

さて、もっぱら醜悪で粗暴なイメージのあるトロールですが、北欧、特にノルウェーの方では妖精の一種として伝承されて来ているようです。

そう言えば、トロールの飲む臭いビールを飲むと途端にトロールの姿が美しく見えるとか。

北欧の人たち、その昔にトロールのビールを飲んでしまったのかもしれませんね。

トロール・フェル(上)金のゴブレットのゆくえ  トロール・フェル(下)地底王国への扉 キャサリン・ラングリッシュ Katherine Langrish 作/金原瑞人、杉田七重 訳



赤(ルージュ)・黒(ノワール) 池袋ウエストゲートパーク外伝


これはなかなかにしておもしろいですよ。
池袋ウエストゲートパークのIWGPシリーズと言えば何かのトラブルを抱えた人がマコトの果物屋を訪れ、何だそりゃ、どうしたらいいんだー!とわめきながらも結局、タカシやサルや電波マニアや生活安全部少年課の刑事の力なぞを借りながらも、最終的にマコトが見事に一件落着と解決してしまう小編が四篇で成り立っているのが通例なのですが、この外伝だけは違う。

まず、マコトが登場しない。
四篇の小編ではなく、たっぷりと楽しめる。

赤と黒と言ってもスタンダールの名著ジュリアン・ソレルの「赤と黒」とは全く無関係ですよ。
話題はカジノ。
解説子は、日本で何故カジノが合法化されないのか、それはパチンコ業界を守るためである、と。
そう言えば、パチンコ業界の会計を明朗にする目的で導入されたプリペードカードの会社には警察OBと言われる方々がかなり居られるという。
かなりお年を召しておられる方々で営業部隊や工事部隊がせっせとお働きになっている間、応接室の様な部屋で大画面のテレビなど一日中ご覧になっていらっしゃる、とか・・。その会社を退社した人が言っていた。
パチンコのメーカーが出す新機種しかり、カード会社が出すカードユニットと呼ばれる台間機しかり、全て警察の認可が下りて初めて世に出ることが出来る。

そのために警察の方の天下りを受け入れておられるのかもしれないが、その退職社員に言わせれば、あんまり影響力無いんじゃないの、ってな話でした。

カジノと言えばかつて石原慎太郎都知事が、カジノを合法化して作ろう、と言っていた時期があったのだが、あの話はどこへ行ってしまったんだろう。

この話、ヒット作のない映画監督がカジノにどっぷりはまり、その先に待っていたのが、10分で1000万というおいしいアルバイトに手をそめるところから始まる。
カジノの店長を襲って、その売り上げをかっぱらおう、という非合法のカジノの上を行く非合法なアルバイト。その襲われるカジノの店長も仲間なのでリスクは少ない。
いわば狂言強盗のようなもの。

何の問題もなくアルバイトは片付いてしまうのだが、その仲間の中に裏切りものが居て、奪った金をそのまま持って行かれてしまった上に、カジノを仕切っていた羽沢組、サルのいる組織、に捕まり、一生下働きをさせられそうになる。

この売れない映画監督、そこで一発バクチに出て、金を奪った連中を捕まえて、金を取り戻す、と出来そうにもない啖呵を切ってしまう。

なんといってもクライマックスのシーンが最高ですね。
赤(ルージュ)・黒(ノワール)まさにその世界。
ルーレットの必勝法とは?
赤・黒もしくは偶数・奇数に張れば確立は1:1。
1枚張って勝ってら2枚が返る。
ひたすら赤にだけ張り続けるとして、10連敗する確立は2の10乗分の1。
1024回に一回の確立。
とすれば、同じ色だけにひたすら賭け続ければいつかは何度に1回は、確立としては2回に1回は・・ということになるのですが、ジャンケンでもひたすら負け続けることだってあるでしょう。
だから最初に$10で負けたら次は$20張ってもトントンにしかならない。
$10で負けたら次は$30。
$30で負けたら次は$40。
って続けていけば、最終的には$10の勝ちになる・・せこいけど必ず勝つ、なんてね。これは一見必勝の方法に見えながらそうではない。負けが続けば資金が持たない。
累乗の世界の上がり方は並大抵じゃないですから。
それに最終的に$10の勝ちじゃ、バクチの面白さを放棄しながらも労働の時間給にも割が合わない。
$10で負けたら次は$40。
$40で負けたら次は$160。
ぐらいにしないとね。
で、最終的には結局資金無し放棄か、掛け金の上限に引っかかって、OUT!
ってなチンケな物語ではありませんよ。

勝負師の勝負師らしさを楽しませてくれることでしょう。

赤(ルージュ)・黒(ノワール) 池袋ウエストゲートパーク外伝  石田衣良 著