月別アーカイブ: 7月 2011



オー! ファーザー


父と母と子供一人の家庭なのになぜか六人家族。

なんと四人の父を持つなんとも贅沢な高校生の物語。

四人の父親が同居している。
正確には母とその交際相手の四人が同居しているというべきなのかもしれないが、実際にこの母は四人の男と同時に結婚をし(籍は別だが)、四人はそれぞれで納得ずく。
この四人の仲が険悪なら(普通は険悪だろう)この子供は毎日がいたたまれないはずなのだが、性格も見た目もまるで違うこの四人の仲が良いのだ。

それに主人公である由紀夫という息子を皆が愛し、自分の息子だと思っている。

普通に考えてしまえば、ご近所から見れば同時に四人の愛人と同居する女性とその息子。ウワサになったり冷ややかな目で見られて育ってしまうのだろうが、ここではそうではない。
それはこの四人があまりに堂々としているからかもしれないが。

・大学教授で物知り、常識人の父。
・バスケットボールの名手で武道にも長けている人で熱血中学教師の父。
・ギャンブルのことならまかせとけ、というギャンブラーで地元の裏社会を牛耳っている人にも繋がりのあるの父。
・初めて出会った女性とあっと言う間に打ちとけてしまえる能力を持つ、女性にモテモテの父。

こんな四人のいいところばかりを引き継いだら、どんな息子が育つのか。
バスケットボール部では先輩よりうまく喧嘩も強く、勉強も出来て、勝負強くて、女の子にもモテる、とんでもないスーパー高校生の出来あがりだ。

悪いところばかりを引き継いだとしたら、
ネクラでありながら空気が読めない熱血漢で女たらしでギャンブル好きの高校生。
なーんてことになるのだろうか。

実はこの本にもサン=テグジュペリの人間の土地からの引用がある。
「自分とは関係がない出来事に、くよくよと思い悩むのが人間だ」
作者はよほどサン=テグジュペリに思い入れがあるのだろう。

この本、2006年から2007年まで地方紙に連載されたものなのだとか。
それが単行本になったのが2010年だからかなり間が空いている。
作者にはその頃「何かが足りなかったのではないか」という思いがあったからだという。
いやぁ、単行本化されて良かったでしょう。
こんな楽しい本。

それにこの四人の父親達は息子の窮地を救うために不可能を可能にする作戦をやってのけてしまう。
四人が協力して知恵を出し合えばどんな不可能なことでさえ「やれば出来る」になってしまう。

将来の心配ごとがあるとすれば、30年後か40年後だろうか。
それぞれが介護を必要とするような老人になった時、さぞかし由紀夫君は大変なのだろうなぁ。
それでもやっぱり「やれば出来る」!かな?

オー!ファーザー 伊坂 幸太郎 著 新潮社



密やかな結晶


ものすごく怖いお話なのに、小川洋子さんはたんたんと書き進めて行き「怖い」という雰囲気を払拭してしまう。

舞台となる島では、これまで日常普通にあった物が「消滅」してしまう。
消滅が有った朝、川にはその「物」が投げ捨てられ、「物」そのものが無くなるだけで無く、人の記憶からも消滅してしまう。
そしてそれら消滅させた物隠し持っている人間を秘密警察は捕まえ、物を持っているだけでなく、記憶を持っている人たちまでも秘密警察は捕えようとする。

「消滅」はこの島の統治者側の決定事項らしいのだが、最初のうちは生活に身近なもの、特に何ら目立つようなものでもない生活品がその対象となる。リボンが消滅し、鈴が消滅し、エメラスドが、切手が、香水が消滅する。
そうした人間が作った物ばかりか、ある朝は鳥が消滅し、バラの花が消滅する。
その消滅する物で商売してした人なども当然いるわけなのに、そうした人たちは当たり前のように違う仕事にありついて、それを当り前のように過ごしている。

統治者側がそれらを消滅させることでどんなメリットがあるのかさっぱりわからないのだが、消滅指示は次から次へと続いて行く。

消滅があってもその記憶が鮮明に残っている人と消滅を受け入れてその物があったことすら思い出せなくなる大半の人。

ある朝は写真が消滅の対象にされてしまう。
写真には数々の思い出が詰まっているだろうに、消滅を受け入れてしまう人にはもはやその写真の思い出などにも何の感慨も覚えなくなってしまう。

主人公の女性は小説家なのに、ある日小説も消滅してしまう。
島の至る所で本が焼かれ、島の至るところで焚き火のあかりは夜を通り越して朝まで続く。

この消滅という事柄はどう受け止めればいいのだろう。
人には自分にとって都合の悪いことは無かったことにして記憶からも消し去ることが出来たりする。
その極限の世界なのだろうか。

文庫の解説は井坂洋子さんが書いておられた。
本が焼かれる焚書、秘密警察から逃れようと隠れ家に住む人たちを捜し連行する姿をナチのユダヤ人狩りになぞらえ、隠れ家に住む人たちをアンネフランクのような人たちになぞらえる。

なるほど、そういう読み方もあったのか。

自分はこの不思議な、そして非現実と思われる世界は実は実世界のある局面の誇張なのではないだろうか、などと思いつつ読み進めていた。

そして自分の失った物と失った記憶とはなんだろう、と思いを馳せたのだった。

密やかな結晶 小川 洋子 著   講談社文庫



ダークゾーン


勝負師の中でも最も過酷と言われる日本将棋連盟の奨励会の三段リーグ。
四段のプロ棋士への道は狭き門で年を経る毎に状況は悪くなって行く。
そんな狭き門を目指す三段棋士が主人公。

その三段棋士がいつの間にかワープしてしまった先が、ダークゾーンと呼ばれる仮想空間のような世界。
人間がゲームの駒のようになっての戦いが繰り広げられる。

主人公は自らがキングという駒となって、味方に指示を出す立場なのだが、状況がなかなか飲み込めない。
とにかく戦うことに決まっているらしく、その戦いで四回負ければ、つまりキングが四回死ねば、本当に死ぬ。・・らしい。

確かではないが、四敗すればそのチーム全員が死ぬのではないか、とルール説明者は言う。

この四勝したもの勝ちという日本シリーズみたいな戦いに命がかかっているかもしれない以上、戦わざるを得なくなる。

相手のキングは同じ奨励会の三段リーグのライバルである。

18人の赤の軍勢と同じく18人の青の軍勢。
それぞれに将棋やチェスのような駒固有の能力があり、赤も青も個人差は互角。

つまりは人間チェスであり、人間将棋みたいなもの。
取られた駒が敵陣の駒になるところは将棋に近いのかも。

将棋にしろ、チェスにしろ、相手に取られたら以上、その駒は取られる以外にないのだが、ここの駒は少し違う。
刺されても刺し違えて相手も戦死させることが出来たりする。

将棋やチェスの人間版のようにも思えるが、別に一手一手を交互に指すわけではないので、寧ろこれは均等な力量の兵士を与えられての戦争なのではないだろうか。

なんせ、命がかかっているんだから。

この空間が軍艦島という実在の島であることもわかって来るとますます実戦っぽく感じられたりもする。

とはいえ睡眠を考慮する必要がない。
食糧補給を考慮する必要がない。
傷病兵を匿う必要がない。

眠ることも食べることも飲むことも必要なく何時間でも戦える。
戦いでは戦死より負傷の方が多いはずだが、軽傷から重傷というのを通り越して戦死しかかない。

そういう意味では戦争でもなんでもなく、やはりここ独自のゲーム世界なのだろう。

第一戦、第二戦、と進んで行くうちに主人公もだんだんとこれまでわからなかったルールがわかって来る。

時間の経過と共に、駒のポイントが上がる、敵を倒す毎にもポイントが上がる・・そして一定のポイントを超えると歩がと金になったり、飛車が龍になるがごとくに持っている力が格段に強くなる。

物語はこの仮想社会みたいなところでのゲームと現実界での話が交互に出て来る。

現実界では最初は大学生だったはずが、社会人に成長していたりとどのタイミングでワープした仮想社会なのか、だんだんとわからなくなって行く。

ストーリーとしてはなんだかなぁ、というフシが無きにしもあらずなのだが、こういう読み物は読みだしたら、最後まで絶対にやめられない読み物だろう。

ダークゾーン 貴志祐介 著 祥伝社