帰宅部ボーイズ


帰宅部という響き、あまりよろしいものでは無さそうだ。

それでも登場人物たちは、人嫌いで帰宅する道を選んだのでも無ければ、ひたすら帰宅して受験勉強に打ち込んだわけでも無く、帰宅してテレビゲームやインターネットをしたかったわけでもない。

登場人物達はテレビゲームやインターネットにいそしむ子ども達の親の世代なのだ。
その世代の人たちの中学生時代がこの話の舞台になる。

この話、子供が小学校で暴れたと悩む妻の話を聞いた父親の昔の思い出話からはじまる。
暴れても仕方ないさ。
この苗字だものって。
矢木家なら誰しもヤギさんメェー、メェーと同級生に冷やかされ、おちょくられ、暴れるまで喧嘩しまくるってか。
阪神タイイガースの名選手だった八木だってそうだったってか。

ここでは書けないが、そんなのよりよっぽど弄られやすい苗字で、さぞかし小学校時代は相当にそれだけで弄られただろうな、と思われる苗字の人を知っている。
そんな思いを持ちつつも物語にはひかれて行く。

この中学校、自分の好きなクラブ活動の部に素直に入れてもらえない。
第三候補までを書いてそれを持って教師がどのクラブに入れるかを判断するという珍しい中学校なのだ。
その当時その地方では珍しくなかったのかもしれないが・・。

主人公の直樹は野球が好きでそれでも野球部には入れず、辞めて行く何人かが出て初めて野球部への入部を認められる。

だが、実際に野球部に入ってみると、そこで行われていることが野球なのだろうか、と疑問を抱く。
これは割と多くの中高体育会クラブで見受けられることなのかもしれないが、そこでは選手(=中学生)が主役でなのではなく監督が主役であり、監督が王様だった。
そこにはチームメイトという概念すらなく、味方でもライバルでもなく監督に認められた選手とそうでない選手の差別社会の世界でしかなく、まともな練習よりも野次を飛ばす練習を強要される。
そんな野次を飛ばすことを拒否した直樹にはケツバットが待っている。
これがスポーツなのか?
こんな中じゃ精神的に強くなるどころか、性格が捻じ曲げられてしまううのではないかと考えた彼は苦悩の末に退部を決意し、帰宅部に至る。

それはレギュラーになれないヤツの負け惜しみだろう、とか、もし彼がイチローほどの才能があれば、監督も放っておかないのじゃないのか、と野球部出身者は言うかもしれない。
だが、思うにこんな監督の下ではイチローは誕生しなかったのではないだろうか。
選手に「性格が捻じ曲げられてしまう」と思われる監督は野球部監督はおろか指導者としてもはや失格である。

方や、サッカー部に入部した「カナブン」君は運動神経たるや小学時代から群を抜いている存在だったが、サッカー部ではディフェンスの彼が先輩フォワードのボールを奪取したという理由だけで先輩からつるしあげられそうになる。
これは有り得ないが、それなことなら辞めてやるよ、と言うとこれも有り得ないことに先輩に喜ばれる。
こうしてもう一人の帰宅部誕生。

美人の誉れ高い同じ学年の女子生徒をカメラで隠し撮りしようとしていた写真部の一年生。
なんのことはない。それは彼の趣味では無かった。
写真部の先輩の命令で盗み撮りをして先輩はそれを販売していたのだという。
彼もまた帰宅部へ。

クラブに入れば健全かと言うとそうではない。
この学校ではクラブに入っている方が不健全だったわけだ。

運動神経の良い二人と文学少年であり哲学少年の一人。
喧嘩の強い二人と暴力反対の一人。
そんなこんなでこんなで親しくなった帰宅部の彼ら。

部活をしないからと言って青春を無駄に過ごしたわけではない。

林へ森へクワガタを取りに行ったり、自分達の手作りのスケートボードで遊んだり、映画を観に行ったり。
はたまた写真の得意な文学少年君は何時の間にやら手に入れた8ミリカメラを持って自分達を映画にしようとしてみたり、部活で青春しているよりよほど健全で活き活きとしていたりする。

小学校時代が楽しかったと言う人はヤマほどいるだろうが、中学時代が楽しかったなんて言える人がどれだけいるのだろうか。

やけに公務員っぽい教師。
それとは逆に熱っぽい教師がいると思えばバリバリの日教組で「沖縄には核が来ているんだ」と数学の授業中に演説をはじめてみたり。
公立高校へ行きたくば逆らうとこうなるぞ、と言わんに伝家の宝刀ならぬ内申書という名の宝刀を振りかざして生徒を威す。

いや、今の教師見て御覧、モンスターペアレントに悩まされるあのかわいそうな教師達を。
とばかりにメディアにはかわいそうな教師達が顔を隠して声も変えて登場させたりするけれど、確かにモンスターペアレントはひどいかもしれないが、彼らの先輩達がどれほど子供と大人の端境期という中途半端で繊細な心持ちの中学生達に対してまともに向き合わなかったのか、も併せて報道しなければ嘘だろう。

この小説に出て来る帰宅部ボーイズ達は、家に閉じこもるイメージのつきまとう「帰宅部」という言葉とは裏腹に精神的に自立した人たちなのだ。
人並みであることよりも、その時の人生を楽しむことを選んだ。

帰宅部も大いに良しだろう。

帰宅部ボーイズ はらだ みずき (著) 幻冬舎刊