月別アーカイブ: 9月 2014



女のいない男たち


彼女を作らない草食系男子を描いた本ではない。

「ドライブ・マイ・カー」「イエスタデイ」「独立器官」「シェエラザード」「木野」「女のいない男たち」
の短編が集まった本。

ドライブ・マイ・カー
妻に先立たれた俳優が、生前の妻の不義を女性運転手に吐露する。
この女性の規則正しい運転が小気味いい。

イエスタデイ
関西弁を話すことをやめた芦屋生まれ芦屋育ちの大学生が主人公。
逆にバリバリの大阪弁を話す田園調布生まれ田園調布出身の友人。
彼が歌う大阪弁の変な歌詞をつけたビートルズのイエスタディ。

独立器官
父親の跡を継いだ美容整形外科の渡会医師。
生まれた時から恵まれた環境で育った彼は、生涯、結婚をしたいとは思わない。
だから、付き合う相手も既婚者か特定の付き合っている人がいる相手、つまり結婚を迫られる心配の無い相手とだけ付き合っているのだ。
適度な期間付き合ってはスマートに別れる。
そんな独身生活を謳歌していた彼がある時、本気で女性に恋をしてしまう。
その後の変わりようがなんとも痛ましい。

シェエラザード
浅田次郎に同名の大作が思い浮かぶが、それとは関係は無い。

何か施設のようなところに閉じこもった生活をしている男のところへ、週に何度か、冷蔵庫の中身をチェックしながら、買い物をして届けてくれる女性が派遣される。

まるで決まり事のように彼女と男は肌を重ね、その後に彼女の語りが始まる。

この短編の中で一番印象に残っているシーンは彼女が前世はヤツメウナギだったいうあたりか。

ヤツメウナギになりきって水底でゆらゆらとしながら、水面を見上げ、獲物を待つ。

そんな生き物に詳しいだけでもかなり珍しい人だが、その生き物になり切れる。

なんて想像豊かな女性なんだろう。

このいくつかの短編のなかで印象深かったのは、渡海医師の話か。

いや、やっぱり、ヤツメウナギだろうな。



小暮写眞館


高校生が主人公の物語。

彼の周辺に登場するのが、普通のサラリーマン家庭なのにちょっと変わり種の父親と母親。
引っ越し先に選んだのが、売り手が「駐車場にするしかないか」と思うほどに家としての価値が無い古い写真館。
写真スタジオがリビング。その写真館の看板もせっかくだから、とそのまま残す。

高校生の名前は「花菱英一」なので下の名前の英一を省略して息子を呼ぶ分にはいいが、彼の友人が「花ちゃん」と呼んでいるからと言って、父も母も弟までも「花ちゃん」と呼ぶ。
何かおかしい。

テンコという幼なじみの父親もちょっと変わったキャラクターで、誰に似ているか、と聞かれれば、その世代によって全く別人に見られてしまう人。

ある年代には草刈正雄、ある年代にはキムタク、またある年代には・・と全く別人に似て見える、という不思議な人。

そんな不思議な周囲に囲まれながら、英一はいくつかの「心霊写真」と思われるものの謎を解明する。 
という変な話なのかと思ったら、それは単なる前振りだった。

7年前にたったの四歳で亡くなった英一の妹。
その妹の葬式で、母は祖母をはじめとする親戚から鬼のような言葉の数々を浴びせられ、そんな言葉が無くっても、家族皆が全員自分のせいなのだ、と自分を責めている。

不動産屋の超無愛想事務員の手を借りながら、そんな状態から脱皮していく話でもあった。

それにしても英一君、高校生にしては守備範囲広すぎないか?



寂しい丘で狩りをする


婦女暴行の被害者となった女性と彼女を逆恨みして殺そうと考える男。
その彼女を守ろうとする女性探偵とその彼女につきまとうストーカー男。
二つの同時並行するストーカー事件の顛末。

たまたま、タクシーの相乗り依頼を許してしまったがために、つまりは親切心を起こしてしまったがために、タクシーを下車した後に男につけられ、襲われて強姦されてバッグまで奪われてしまう女性。

勇気を出して警察へ届けたために男は捕まるが、刑期はたったの7年。
強盗強姦は7年以上~無期懲役の罪なのだとか。
殺人の前歴もあるこの男が何故最も軽い刑となったのかはよくわからない。

先に出所して来た人から「警察には言わない約束だったのに・・・あの女、出所したら、絶対に殺してやる」とその男が言い続けていたという事を知った被害女性は、探偵事務所へ赴き、出所するところを見届けて自分を探そうとするかどうかを調べて欲しいと、依頼する。

男が探偵ばりの捜査方法で被害者女性の居どころにどんどん近付いてくるのはかなり薄気味が悪いし、怖い。

近所をうろうろするストーカーではなく、この男、殺意を持って追いかけているので、一般的なストーカーとは言えないだろう。

それでも警察としてはやはり、何か事件が起きてからで無ければ動いてくれない、というより動けない。

警察も少々のことで引っ張って、注意を与えたところでこんな男には効き目はない。
再度服役したって、また出てくるのだから、狙われた女性の恐怖は永遠に続く。

逃げ回らないための方策がかつての原告と被告が入れ替わることでしかないとすれば、やはりこの国の法制度はなにかおかしい。殺人犯に甘すぎる。

この本、合い間、合い間に古い映画の話が出て来る。

日本の古い映画などに興味のある人もそうそういないだろうが、そういう人には別の楽しみがあるかもしれない。

寂しい丘で狩りをする 辻原 登 著