月別アーカイブ: 12月 2014



カッコウの呼び声


あのハリーポッターシリーズの著者J.K.ローリングがロバート・ガルブレイスというペンネームを使って書いた探偵物。

ガルブレイスという名前からは「不確実性の時代」などで有名な経済学者を思い浮かべてしまうが、全く由来にも関連は無さそうだ。

何故、わざわざ別の名前で出版したのだろう。ローリングの名前で出せば即座に世界中ベストセラーになっただろうに。

案外、この探偵物、実験的試みだったのかもしれない。
ローリングの名前だとそのイメージが先行し、ポッターを期待する読者にがっかり感を与えないようにという配慮だったろうか
結果的にはローリングの別名、という知名度が有ったからこそ、早々に日本でも翻訳出版され、こうして手にすることとなったわけだから、ポッターの名前を傷つけずにベストセラーへの近道を得たということで出版社としては万々歳だろう。

事務所の家賃すら滞納しているさえない私立探偵コーモラン・ストライクという男が主人公。

その事務所へ手続きミスのような形で派遣されて来たのがロビンという名の女性秘書。
家賃さえ払えないのだから、派遣とは言え、事務員や秘書を雇う余裕などあるはずが無い。
その直後に舞い込んだ一つの依頼。
超有名なスーパーモデルの自殺に関して、その兄が依頼に来る。

「妹は絶対に自殺ではない、調査をして欲しい」というのが依頼内容。
著名な人の事件だけに警察も念入りに調べた結果の自殺の判断したのだろうから、それを覆すのは容易ではない。
だが、探偵事務所というところ、事件を解決したり、覆したりすることが仕事ではない。
依頼に基づいて調査を行い、その調査結果を出すことが仕事である。
依頼主からもらえる高額な報酬も引き受けるきっかけには充分だろう。

誰しもが自殺を疑わないこの事件の調査にコーモラン・ストライクは決して手を抜かない。
最後には意外な結末が待っているのだが、そういう展開はハリーポッターのシリーズの中でもクライマックスになって信頼していた人がヴォルテモートの手下だったり、それを暴いたり、という流れもちょくちょくあったような気がする。
若干だが類似性はあったわけだ。

そんな話の本筋よりも秀逸だったのは派遣秘書のロビンの存在。

なんと機転が利く人なのだろう。

かつて、中東で仕事をしていた人が日本の会社で会議用に資料を10部コピーするように頼んだところ、参加者一人一人が読みやすいように1部ずつクリップでとめられた資料の束を見た時に彼は感激してしまった。日本では当たり前のことのようだが中東の事務員ではまず考えられないという。「日本の事務員は世界一優秀だ」と声を大にして言っていたが、そんな日本の事務員でもこんなロビンにような仕事ぶりを発揮する人は早々いない。

指示された仕事にはその期待の何倍もの結果を出して返して来る。
派遣社員なのだから何時から何時まで働いていくら、という時間の浪費のような仕事の仕方をしない。
上司の今一番求めているものを的確に把握し、常に能動的に動く。
それでいて細やかな気遣いはどうだろう。
これが一番びっくりだ。

物語のストーリーよりも寧ろ、このロビンと言う人の働き方にしびれてしまった。

何故、この人をこれまで正社員として迎え入れる会社が無かったのであろうか。

いや、寧ろ逆か。日々勝負の派遣だからこそ身に付いた生きかたなのかもしれないなぁ、と一人ごちたのでした。

カッコウの呼び声 -私立探偵コーモラン・ストライク- ロバート・ガルブレイス著



海うそ


九州の南の方にある「遅島」という名前の島が舞台。
修験道の島だったその島のあちらこちらを訪ね歩く青年。
そこには廃仏毀釈で無残に破壊された寺の名残りがてんてんと・・・。

廃仏毀釈というもの、歴史の教科書で習ってはいるが、どうにもピンと来ないのは各地に残っている寺院とその歴史。平安時代やら平城京時代の建立の寺院が観光客で賑わっているのを見ると廃仏毀釈なんて本当にあったの?と思ってしまうが、実際に吹き荒れた嵐だったのだろう。

そもそも廃仏毀釈の元は明治政府の発布した「神仏分離令」であって、寺院を破壊せよ、では無かったのだという。
廃仏毀釈というのも熱病のようなものだったのかもしれない。
そもそも神道と仏教の混合こそが日本の信仰のかたちだっただろうから。

そんな廃仏毀釈の名残りを遺した島なんて今もあるのだろうか。
と思って読み進めるうちに、実は戦前の話だったとわかってくる。

話がいきなり50年後になっているからびっくりする。

息子の勤める会社が遅島を観光資源として開発する、というので再訪し、その変容ぶりに驚き、観光資源になるかどうかだけの基準で、思い出深いものがいとも容易く、破壊されるのか残されるのかが決められていくのに虚しさを感じるがやがてその思いも徐々に変わって行く。

それにしても、そんなに思い出深い島を何故50年間も再訪しないまま放っておいたのだろう。

50年の歳月が流れれば、変容して行くのは当たり前と言えば当たり前。
昔、訪れた際に世話になった人もことごとく亡くなっているだろうし、放置すれば誰も訪れない過疎の島になって行くだけだろう。

かつて廃仏毀釈で変容した島は今度は開発によって変容して行く。
時代が変われば、人の居る場所なら風景も変わって行く。
この元青年は「色即是空」という言葉で納得しようとするが、寧ろ「諸行無常」の方が似つかわしいだろうか。

海うそ 梨木香歩著



眠る魚


これはひどい。本当にひどすぎる。
東日本大震災後の被災地のことではなく、この本のこと。

反原発なり、脱原発の立場ならそういう立場で論陣を張るのであれば、それはそれで潔いだろう。小泉純一郎氏の様に。

食堂やら居酒屋で、わざわざ西日本で採れただろう作物を選んだり、これは輸入ものだから大丈夫、と一人ごちている分にはそれはそれで個人の選択の問題だろうから好きにすればよろしいだろうが、原発容認の側の立場の人にも「福島や三陸沖の海産物を食べなければすむことだ」などと言わせているのは意図的なのか無知なのか。震災に遭った、津波に遭ったという以外はほとんど無関係な三陸沖までエリアをひろげて、ほとんど東日本で採れたものは全て汚染されている、と言わんばかりの記述。

あの事故以来、福島どころかそれ以外の農家さんたちも海外どころか国内の風評に耐えながらどれだけ念入りな放射能検査を経てようやく出荷にこぎつけているのか、ものを書く人なら現地を取材してから書いて欲しいものだ。
福島や近隣の農家さんがこれを読んだらどんなに悔しい思いになることだろう。
インターネットでどこからか仕入れた風評ものだけを頼りに登場人物に言わせているなんというのはもはやプロの物書きのする仕事とは言えないだろう。
漁業関係者ももちろん読めばさぞや悔しい思いになるだろう。

農作物やらの食べ物のことだけではない。
急に死んだ人が多くなった。
がん患者が増えた。子供の下痢や鼻血が止まらない例が増えた。・・・だのを他の登場人物に言わせるなら、せめてちゃんとした統計数値を出展の併記をどこかに書くべきところだろうに、そうはせずに「憲法九条が改正された今」などと未だ実現もしていないことも併せて書くことで、敢えてこれはフィクションなのですよ、というアピールも忘れない。
なんていう卑怯なやり方だろうか。

そもそもこの人、日本と日本人がかなり嫌いらしく、日本人には個性がないだの、いたるところに日本人の悪いところを書き並べてくれている。
「身体に気をつけて」「ご自愛下さい」などという言葉についての
日本という共同体に囲い込もうとする力が裏で働いているのだ、などと述べているくだりにくるともはや「呆れ」しか出て来ない。

そんなに日本人であることが嫌いなら自ら日本人であることをやめてくれりゃいいのに。
ご自身でいろいろな国へ放浪出来たりするのは日本国のパスポートの力があればこそ、というところの日本のおいしいところだけは、ちゃんとご存じということだろうか。
そんな嫌いな嫌いな日本であっても歯医者はやっぱり日本で見てもらうし、日本製品は性能がいいから、と海外逃避を計る前にしっかり買いだめをする、やっぱり悪口は言うが、おいしいところだけは、ちゃんと利用するって、ことか。

この著者は今年この本の出版直前に亡くなったらしい。

となれば、この文章も死者に鞭打つことになってしまうので、あまり気持ちの良いものではないが、有名ではないにしろ一応直木賞受賞作家だ。
亡くなったことでの遺作としてのみの受けを出版社は狙ったのだろうか。
だとすれば出版社不況に追い討ちをかける愚行だと言わざるを得ない。