読み物あれこれ(読み物エッセイです) ブログ



チェルシー・テラスへの道


ジェフリー・アーチャーの書くサクセスストーリーです。
ロンドンの下町で祖父が手押車で野菜を売る。それを毎日手伝い、祖父の手ほどきを受けながら子供ながらに一人前の信頼される手押車の野菜売りになって行くチャーリー。
そのチャーリーがチェルシー・テラスで店を構え、そのチェルシー・テラスでどんどん店を増やして行く。

ジェフリー・アーチャーのサクセスストリーはアメリカを舞台にしたものが多いのですがこの物語はアーチャー氏の本来の母国である英国が舞台です。

この本、読む人の視点によって複数の主題を持っているように思えます。

起業をし、会社を大きくというところに視点を当てる人には、チャーリーのあの商売に対するバイタリティや、目のつけどころの違いに興味を持つでしょう。
他の人と同じものを同じ風景を見たてとしても片や漫然と見ている。
片やチャーリーのように常に何か商売に活かせないのか、という目で見ること違い。
また毎朝四時に起きて誰よりも早く仕事を開始するチャーリーの姿。

不動産的な見地から商売を見る人にはチャーリーはどう映ったのでしょうか。

主婦の店ダイエーは千林の商店街の露天から始まったといわれます。
でもダイエーを興した中内氏は千林の商店街こと如くを買い占めようなどとはとはしませんでした。
あっちこっちにチェーン店を増やしていった。
チャーリーは何ゆえ、チェルシー・テラスの店を全て買い取ろうとしたのでしょうか。
他の場所であればいくらでも買えたでしょうに。

足の無い時代だったから、自分の足を運べる範囲で目を光らそうという意思だったのか。それとも、自分の生まれ育った下町と比較してチェルシー・テラスという場所は特別な意味があったのか。どうも後者のような気がしますが、それゆえに高い買い物をしてしまうこともしばしばです。

愛国心というものに主題を見出した人もいるでしょう。
いざ、イギリスが戦争に参戦したとなると、大好きな商売を放り投げて志願して従軍してしまう。
一度目は手押車の商売がようやく順調になって顧客もついた時点での第一次大戦。
二度目はチェルシー・テラスでの商売がさぁこれからと言う時期で、もう第一線で戦うことすら危ういような年齢になってからの第二次大戦への志願。

アメリカの大統領選でも候補者に徴兵を回避した事実などがあると、その致命傷は女性問題の発覚などよりもはるかに大きいと言われます。選挙民がその事を何より重く見ているということなのでしょう。

今回、軍歴のないオバマが軍歴のあるマケインに大勝したのはかなり異例なことで、ブッシュのイラク政策への批判の意味もあるのでしょうが、歴史は変りつつあるということでしょうか。
いずれにしても戦後日本ではほとんど考えられないことではありますが。

また、経営からの身の引き方という視点もあるでしょう。
店や会社が大きくなって行くにつれ、もはや自分だけの会社では無くなり、取締役会が経営方針を握って行く。
行く末は誰かに経営そのものも任せて行くという当然と言えば当然の話ながら、手押車で我が店を築いたチャーリーには違和感があります。

一代で企業を興した人にはいろいろあります。
本田総一郎のようにさっさと引退しておいて、大好きな車作りをレーシンングの車作りに発揮して行ったような人もいれば、なかなか第一線から離れられずにバブル崩壊で散った人・・・。

そしてなんと言ってももう一つの視点はアーチャー氏の物語に良く登場する敵の存在という視点。
執念深く恨み、憎み、徹底的に邪魔をする。
元はと言えば誤解からなので、最終的にはわかり会えるという類の話が他の作品には良く見られるパターンですが、この物語に登場する老婆だけはそう簡単では無いのでした。
生きている内の和解どころか、死んだ後にまでも敵対する。

チャーリーが主人公なのはあたり前なのですが、章毎に別の人の視点で別の人が語り手となって続いて行くのもアーチャー氏の小説ではよくあるパターンです。

時にはそのテンポが早すぎて返って分かりづらかったりすることもありますが、この小説の場合はそういうわかりづらい、という心配はないでしょう。

チェルシー・テラスへの道(As the Crow Flies)  ジェフリー・アーチャー(Jeffrey Howard Archer) 著 永井淳訳



悪党パーカーシリーズ

「悪党パーカー/人狩り」そもそもこれが始まりの一冊。
一匹狼の強盗男のパーカー。
アメリカの全国組織であるマフィアが相手だろうが全く怯まない。
マフィアに逆らうこと、すなわち、アメリカ中を敵に廻すことなのらしい。
なんでもマフィアの連中というのは郵便局員並みにそこら中に居るのだとか。
たぶん警察官よりも多い、ということなのだろう。

ボスクラスのところへ単身乗り込んで親分を脅す。
そのボスクラスで話にならないとさらにその上のボスクラスを脅す。

元はと言えば、その子分に強奪した金を奪われたからで、脅すというより、
「俺の金を返せ」という取り立てをやっているわけなのだが。

そこで伊坂の陽気なギャングだったら、
「だから、それはもともとあんたのお金じゃないって」
って突っ込みが入るところなのだが、パーカーの世界ではそんな突っ込みを入れる人物は登場しない。

訳者があとがきで書いているが、本来「悪党パーカー/人狩り」、これで完結する話だったそうだ。
パーカーが最後には死んでしまうストーリーだったとか。
連載の要望強く、ストーリーを曲げて、パーカーシリーズは続いて行った。

マフィアのボスをも恐れない男。
その先どんな話が続いて行くのか。
「悪党パーカー/殺人遊園地」これなども現金輸送の装甲車から金を強奪する。
仲間と言ったって元々一匹狼の集まりだからどんな連中が揃うかわかったもんじゃない。運転手役の男が逃走中に焦ってカーブで車を横転してしまう。

逃げる先は休園中の遊園地。

遊園地各テーマパークにいろんなしかけを使って追っ手を退けて行く。
遊園地ならではのしかけでなかなかに面白い。

さらには「悪党パーカー/殺戮の月 」
「殺人遊園地」では隠した金をいつか取り戻しに行こうと追っ手から逃げるのがせいいっぱい。
で、取り戻しに来るのがこの話。
金を取り戻しに行った先の遊園地の隠し場所に金がない。

そこを取り仕切るマフィアの親分に脅しをかけてまたしても「俺の金を返せ」なのだ。
「だから、それはもともと銀行のお金だって」とは誰も突っ込まない。
マフィアの親分に揺さぶりをかけるうちに、結局そのマフィアの内紛状態に首を突っ込むことになる・・というような展開。

それにしても、もう少しマシなタイトルが付けられなかったのだろうか。
タイトルだけ見るともの凄い残虐なシーンの小説をイメージしてしまうが、中身に残虐性などはない。
タイトルから言えば「イン・ザ・ミソスープ」の真逆だ、と言えばわかりやすいか。

邦訳タイトルは各々、人狩り:The Hunter、殺人遊園地:Slayground、殺戮の月:Butcher’s Moon とまぁほぼ原題に忠実だったという事か。

チェルシー・テラスへの道(As the Crow Flies) 悪党パーカー(Parker) シリーズ リチャード・スターク(Richard Stark)井淳訳



陽気なギャングが地球を回す


「ロマンはどこだ」
彼らが何かを起こす時の合い言葉です。

人が嘘をついているかどうかを瞬時に完璧な確率で見抜いてしまう才能を持った男。

人間より動物を愛するスリの天才。

まるで身体のなかにストップウォッチを持っているかのような人。

本当の事は滅多に言わないが一旦話し出すと人を引き付ける演説の名手。

こんな異能達が集まれば、そりゃなんかやりたくなるでしょう。

体内時計人間の雪子。
CDを聞いて「曲が始まってxxx秒のところで誰それのトランペットが飛び込んでくるところが最高」なんて感想を言うやつが居たら、ちょっとびっくりしますよね。
石田衣良のコラムだったか、小編小説だったかに完璧なタイムキープを求められるアナウンサーの女性の話がありましたが、どうもそんなレベルではないようです。
食事の用意に昨日よりxxx秒、余分にかかった、なんて気にしている単位がまず違う様な気がする。
この雪子は運転手としては最高の腕前で、尚且つ体内時計のおかげで下見をした道筋なら赤信号に一度もつかまらずに青信号の道だけを選り抜いて走るので非常に効率が良い。

嘘つき演説男の饗野はかなり人間的魅力の溢れる男。

人間嘘発見機の成瀬と饗野とのかけ合い。
動物好きスリ名人青年の久遠と饗野とのかけ合い。
饗野の妻である祥子と饗野とのかけ合い。

どれも漫才みたいに面白い。
饗野という人、面白い会話の時には欠かせない存在のようです。
饗野の妻である祥子の会話、33分探偵の探偵助手の女性を思い浮かべてしまいました。
「俺たちの金を・・」「だから、それはもともと銀行のお金だって」
「犯人はあなただ」「だから最初からみんなそう言ってるって」
なんか雰囲気が似てる気がする。

人間嘘発見機男の成瀬。
嘘が見抜けてしまうだけでなく用意周到。下準備を怠らない。いつでも沈着冷静なのは、答えを知ってしまっているからだろうと饗野。
しかし、他人の嘘が全て見抜けてしまう、というのはどうなんでしょう。
詐欺師に騙される心配は無くてよいかもしれませんが、日常会話の中にはいつも些細な嘘や誇張があるでしょうに。それらが全て見抜けてしまうというのはあまり面白い人生じゃなくなってしまうんじゃないんでしょうか。
第一、洋服だって店員の居る店では買う気がしなくなってしまうってことはないのかな。
全部、通販なんて面白くないですよね。
そんな気にもなりかけましたが続編の『陽気なギャングの日常と襲撃』で成瀬の役所での仕事ぶりが出てきます。
それを読めばそんなことも杞憂であることが良く分かります。

軽快なテンポ。
あざやかな犯行。
ちょっとだけ知的好奇心をくすぐられる様な楽しいやりとり。
伊坂節とでも言うのでしょうか。
なかなか楽しめる小説です。

ちょっとだけ抜粋。

「変わった動物は保護されるのに奇妙な人は排除される」(雪子)

「神様が世界をたった7日間で作れたのは好奇心のおかげなんだよ」(饗野)

「『人を見たら泥棒と思え』という言葉は泥棒自身が考案したものだろう」(雪子)

「あなたみたいなのが仲間だったら、わたしの血を吸いに来た蚊は恩人に違いない」(雪子 → 地道(雪子の元亭主))

「友よ、僕は生涯嘘をついてきました。真実を言っていた時にも」(祥子がドストエフスキー の『悪霊』を引用して饗野を語る)

やはりこういうのは抜粋してみても面白さは伝わらないですね。
流れの中で読んでいると面白い言い回しだな、などと感心しまうものなのですが・・。

あと盗聴を商売にしているのか、合鍵作りを商売にしているのか、引き篭もりの癖に情報通で、何でも知っている男。変ったものを作っては人に売りつけたりする。

フラッシュをたかないカメラ。=饗野の妻曰く「巻き戻せないビデオデッキ」みたいなものなのだそうです。

外から中へ人を監禁する事が出来る車。ドストエフスキーの『カラマーゾフの兄弟』のグルーシェニカから命名されて、その名もグルーシェニカー。紹介された時は、誰が買うんだと相手にされませんが、「巻き戻せないビデオデッキ」も「グルーシェニカー」も結局役に立ってしまう。

上にも書きましたが『陽気なギャングが地球を回す』の続編に『陽気なギャングの日常と襲撃』が出版されています。

地球を回すが面白かった人には、こちらもお勧めです。

陽気なギャングが地球を回す  伊坂幸太郎 著