読み物あれこれ(読み物エッセイです) ブログ



凶犯


他にも読みかけの本があったのだが、これを読みだすともう他の本などはどうでも良くなってしまった。
しばらくの間、他の本を開いてみても、なんだか読む気がしない。
それだけの後味を残してくれる本なのだ。

それにしてもなんという凄まじい光景なんだろう。

身体の至る所、致命傷を負い、顔も人相が変わってしまうほどにボコボコにされ、片足は元々義足、もう一本の足目掛けて大石を叩き付けられ、ほぼ完治不能。
腕の骨も折られて、全身から出血多量状態、歩くのは到底無理な状態なのに立ち上がって歩いてその場を立ち去り、自宅のある山を這って登り、ライフル銃を持つや、再度、山を這っておりて、自分をそういう目に合わせるための元凶となった四兄弟をたったの四発で仕留める。

その状況から言えば、報復なのだが、話はそんなに単純ではない。

四発を放った男は、元軍人の国有林保護監視員。名を狗子という。
ここへ任命される時に、人は狗子を羨ましがったという。
着任早々は、近隣の村からの貢物が絶えず、家族では食べきれないほどの食材が届けられる。
山の中を散策した狗子が見た光景は、散々盗伐されてあちらこちら禿げ散らかされた山の姿。
前任者たちは盗伐を見逃す代わりに貢物をもらっていたわけだ。

ここで2年か3年間、要領よく勤め上げれば、一生暮らせるだけの蔵が立つだろう、と言われている。

そう言われても尚、彼は国有林である山林を守ろうとし、盗伐を取り締まる。
自己の利益や一族の利益を内より優先しそうな、あの中国という国に、国の物だから公のものだから命がけで守ろう、とか一生暮らせるだけ財を捨ててまで守ろうという意思のある人の存在にまず驚く。
そんな概念があったことにすら驚く、が、この話、実話を元に書かれているのだという。
狗子は自分の心にやましい行いをしてしまいそうになると、戦争で死んでいった戦友たちの顔がまず頭に浮かぶのだという。

彼が赴任してまだ3か月かそこら。
彼にどれだけおいしいエサをぶら下げても彼が木材の違法伐採、盗伐に目をつぶらないヤツだとわかった瞬間から、村人たちの彼への強烈な嫌がらせが始まる。
もはや、嫌がらせという域ではない。
村に一つしかない井戸を使わせない。
水汲み場はコンクリで覆われ、見張り役を立てる。
彼が山の中で湧水の水源を見つけ、そこから水を調達しようとすると、翌日にはそこに動物の糞尿と蛆虫がばら撒かれる。
山の中にポツンと住んでいるはずが、監視されている。
水も食料もまともに調達できなければ、餓死するか、あきらめて出て行くしかない。
嫌がらせではなく、強制追い出し。
それを村人たちに指揮命令していたのが、四兄弟と呼ばれる悪党。
一番上でも30代半ばだというのに良くそれだけの実権を握れたものだ。
暴力という力で脅し、得た金という力で言う事を聞かせ、村はもとよりその上の郷やもっと上の組織へのコネという力で得た財をさらに膨らませ、その圧倒的な力で村を支配する。
彼らに逆らって、生き延びた人間少なくともこの村には居ない。

だからこそ、この四兄弟を仕留めなければならなかった。
復讐のためなどではない。
この国のためにも村の為にも四兄弟をのさばらせてはいけない。
そのために狗子は血みどろになりながらも、歩けず這ってでも戻って彼らを討ち果たそうとする。

この四兄弟の様なのは極端にしても多かれ少なかれ、類似の実態があるのだろう。
このような作家の登場にまず驚くが、それよりも何よりも、良くこれが無事に出版されたものだ。

しばらく前に出版されていたのを最近知ったが、少なくとも今年読んだ本の中で最も心に残る一冊をあげろと言われたらダントツ一位だろう。

凶犯  張平著  荒岡 啓子 (翻訳)




中国の事を書いた本って結構な数を読んだ覚えがあるが、台湾の事を書いた本って思いだそうと思ってもあまり出て来ない。

抗日戦争の後に中国共産党と国民党が戦って、共産党が勝利し、国民党側の人たちが台湾へ逃げ込んだところまでは大抵の人は知っている。

その後の台湾がどんな歴史を歩んだのか、はあまり知られていないかもしれない。

昔から親日的で、人々は温和で、食べ物はおいしく、政治的には西側諸国の一国。
残念ながら中国の存在があるので、国連には加入出来てない。
多くの人のイメージは、そんなところではないだろうか。

台湾の中でも大陸からやって来た国民党にくっついてやって来た人たちと、元々台湾に住んでいた本省人とは相性は良くなく、良くなくというよりは大陸人(外省人)が本省人を蔑んでいる。
この話の主人公は祖父が共産軍と戦い、大陸を逃れて来たいわゆる外省人。
祖父は大陸では、何人もの人を切って来たという武勇伝には事欠かない人。
この当時の人の大半がそうだっただろうが、特に共産党がどうとか国民党がどうとか思想的なものは一切ない。
この祖父もご多分に漏れず、あいつとは兄弟分だからとか、そんな理由で国民党側についた一人だ。

そんな武勇伝満載の祖父がある時、何者かによって殺害されてしまう。

それからの主人公氏の願いは祖父を殺害した犯人をなんとかみつけることになっていく。
進学校に通ってエリートコースまっしぐらだった主人公氏だが、ある事件をきっかけに、台湾でも一二を争う不良学生のたまり場の高校へと移り、それからが喧嘩三昧。
その後、軍隊の生活を経て、また故郷に舞い戻る。

ここにはおそらく日本では誰も書かなかったその当時の台湾の世相が描かれている。
この誰も書かなかったというところが味噌である。

主人公の軍隊生活の中で、こっくりさんの儀式を行う場面がある。
ここがなかなか興味深かった。

本当に台湾でもこっくりさんを行う習慣があるのだろうか。
元々大陸で行われていたのが日本に伝わったのかもしれないし、日本から伝わったのか、作者が作ったものなのか。
作者は台湾生まれの日本育ち。台北は5歳まで過ごしたと書いてあったので、ここに登場する台湾の話も実体験より、その後の取材によるものが大半だろう。

ついつい戦後台湾を味わった気になってしまいがちだが、ストーリーはもちろんフィクションだろうが、その当時の世相や雰囲気などはどこまで実体なのだろう。

取材から膨らませたにしてはかなり生々しい。
自らのルーツを持つ者のみの独特の筆力で読む者を圧倒する、そんな表現が妥当だろうか。

流 東山彰良 著



大脱走


就職活動の末、ようやく内定に辿り着いた主人公の女性、片桐いずみ。
辿り着いたのはリフォーム会社の営業職。
9時出勤の会社に初日8:40に出て行くと鬼軍曹のような部長にどやしつけられる。
「9時出勤と言えば、8:30には来て準備するのが当たり前だろうがぁー!」と。

リフォーム会社の営業として入社したにも関わらず、何故か作業服に着替えてから出て行く先輩営業マンたち。
営業はもちろん、飛び込み営業だ。
正攻法で行ったって、話をする前にインターフォンを切られるのが関の山。

そこで編み出したのが、アンテナトーク。

ピンポーン、と鳴らして、
「ちょっと先でアンテナ工事をしますんで、まずご迷惑をおかけすることはないでしょうが、念のため」
在宅していれば、大抵は、「わざわざご丁寧にご苦労様」ぐらいは言われるだろう。
その会話の糸口を掴んだところで、
「ところでお宅のアンテナ、ちょっと緩んでますね。
 なんでしたら、ちょっと先の工事の帰りに見て差し上げますよ。もちろん無料で。」
ここで、「じゃあ見て」と言わせたら、アポインターの仕事は完了。
あとは、クロージング役が引き受ける。

その後ほどの時に現れるクロージング役、まずは屋根にどんどん登る。
肝心のアンテナはそこそこにして、写真をとにかくパシャパシャ撮る。

梯子を下りて来てからが、いよいよクロージング。
奥さん、この瓦のひび見て。これじゃそのうち雨漏りしてくるよ。
と工事話に持って行くわけだが、ここで偽の写真を出しているなら、完璧に詐欺。

もちろん「先でアンテナ工事を」も「アンテナ緩んでますね」もアポ取りのための方便なので、これもダマシであることには違いない。
そのアポすら取れなかった営業マンは現場で深夜続行。
もちろん、歩合なのでそのまま給与にも跳ね返る。

片桐は人を騙すのが嫌なので、どれだけ効率が悪かろうが、「お宅の修繕の営業に参りました」と正攻法でアプローチする。

土曜も日曜も関係なく働き、深夜1時まで働いても、結果は伴わない。

尚且つ入社して来た新人を押しつけられ、そいつの分も稼いでくるはめに。
その新人がまた、楽をすることしか考えない男。
こんなやつ見たことあるなぁ、と思ったが、その男の楽に対する執念は、そんじょそこらのレベルじゃなかった。
その男を中心に後半以降は話が展開していくのだが、それは置いておく。

この会社、ブラック企業として書かれているが、もはやブラックどころか、悪徳企業だろう。

片桐さんの正攻法にしろ、アンテナトークにしろ、どちらのアプローチでも無理だろう。
この会社の業態じゃ、もうどうしようもないんじゃないだろうか。

常に新規の開拓先を営業しなければなりたたないのは、過去に行った先で結果を残していないからに他ならない。
いい仕事を残そうにも、この会社が施工部門を持っていないのは致命的で、所詮外注頼みでしかなくなる。

リピーターが望めない以上、新規に頼るしかなく、それもどんどん遠出をしなければ、行くところが無くなってしまう。

千件アプローチして、せいぜいアポが三つなんて効率の悪さでも成り立っている業種があるとすれば、その三つが成約した場合の報酬がとてつもなく大きいからだろう。
この片桐さんの正攻法にしても、東京をはるか離れた新幹線で行くようなところまで足を運んで営業したところで、ようやく取れたのが7万円の施工受注。
外注の施工会社に頼んで、人と車を出してもらい、高速に乗って現場の往復。
それだけで、もういくらももう足が出るんじゃないのか。
会社の方はいずれ潰れるか、社員が全員やめるかしてどの道終わるしかないだろうが、社会人1年生から3年もこんな仕事をした彼女、もう怖いものなんて無いんじゃないだろうか。

大脱走 荒木 源著