読み物あれこれ(読み物エッセイです) ブログ



王とサーカス


先日、タイの国王が亡くなったばかりであるが、ネパールもほんの数年ほど前までは王制だった。タイの亡きプミポン国王が国民から圧倒的に信頼されていたのと同様に、ネパールの国王も国民から愛されていた。
その国王があろうことか、皇太子によって殺害されてしまう。

たまたまその時期にネパールを訪れていた、フリーになりたての女性記者が主人公。

初めてカトマンズを訪れた者の目から見た街並み。
国王が亡くなって嘆く国民の姿。
中盤まではそんな感じで進んで行くのだが、終盤に近づくにつれ、だんだんと探偵ものの推理の謎解きのような物語になって行く。

謎解きのような物語になって行くにつれてちょっとした違和感がいくつか。
いつもおだやかで親切にしてくれた僧侶。いきつけの日本料理店の天ぷら屋でも殺生を嫌って魚の天ぷらには手を出さない人が、人だけは平気で殺せてしまうのだろうか?

物売りの少年にしても、彼女に偽りの記事を書かせたいがためだけに行う行為は、彼が利口なだけにあまりにもその行為に伴うリスクに比べて、得るものの無さ加減はどうなんだろう。

その利発な少年おちょくられていた主人公女子が、突然、名探偵になってしまうことは何より違和感。

それより何より、この記者。なんといっても青臭い。
王宮を警護すべき軍人への取材の際に、
相手が
「お前は何を伝えようとしているのか」
「何のために伝えようとしているのか」
「人は自分に降りかかることのない惨劇は刺激的な娯楽だ」
とジャーナリストを批判するのはいいだろう。

だが、この記者さん、本気でそこを悩み始めてしまう。

「私は何を伝えようとしているだろう」
「私は何のために伝えようとしているのだろう」

そこを悩んでいる人が存在する業種には思えないが・・。

まぁ、ある意味新鮮か。

そのあたりが実はこの本のテーマでもあったりする。

この軍人の発した「私はこの国をサーカスにするつもりはない」という言葉からこの本のタイトル「王とサーカス」がついているのだろうし・・・。

って、書いていると、この本をけなしているみたいですが、ちょっと途中からミステリ系へのシフトに驚いただけで、
最初からミステリ系の本だと思って読めば、かなり面白い部類だと思いますよ。

王とサーカス 米澤 穂信 著



永い言い訳


妻に先立たれると、男は何がどこにあるのかさっぱりわからず、てんてこ舞いなどという話はざらにあるので、この本の一部分は身につまされる人も多いことだろうが、この主人公氏、ちょっと行きすぎていた。

売れない作家時代は、まさに髪結いの亭主。
ヒモのような存在として奥さんに食べさせてもらっていた。

ちょっと作品が売れて、テレビのコメンテーターなどにも頻繁に登場するような存在になると、男の方は変わるが、妻の方は何もなかったかのようにこれまで通り。

そんな妻がだんだんとしんどくなっていく男。
妻は妻で売れなかった頃のような愛情はもはや感じていない。

まま、ありがちなことなんだろうな。

妻が突然のバスの転落事故で亡くなってしまう。
遺族となって妻の遺留品を示された彼、どれが妻のものなのか、全く分からない。
それどころか、どんな服を持っていたのか、当日出かける際に顔を合わせたはずなのに、どんな服を着ていたのかさえ、頭の片隅にもない。

それどころか、妻を失った悲しみがこれっぽっちも無い。
かなり性格的にもねじまがった男であることに違いは無い。

そんな台所に立つことになる。
同じバスで転落死した妻の友人の夫から声をかけられ、その子供の面倒を見るようになる。
所詮、ごっこでしかないにだが、男の心はみるみる変わって行く。

その変わりようが面白い。

そして愛していないはずの妻の存在をあらためて見つめなおしていく。

この本、本屋大賞こそ受賞そていないが、本屋さんが薦める本の上位にランキング。

やっぱり本屋さんの薦める本にはずれは無いわなぁ。

永い言い訳 西川 美和 著



コンビニ人間


芥川賞という賞、面白い作品は受賞出来ない決まりがあるのだろう、とばかり思っていたが例外が生まれた。
たぶん初めて芥川賞受賞作を読んで素直に面白い、と思った。

主人公は大学生時代にコンビニでアルバイトをはじめてから就職もせず、働きはじめた店でそのまんま18年間、コンビニのアルバイトを続けている女性。

彼女には自分ではごくごく普通だと思っていることが、世間の普通とちょっとずれてしまうという癖がある。

小さい頃、公園で死んでいる小鳥を見つけた時に、廻りの子供たちはみんな「かわいそう」という中で、一人彼女は「焼いて食べよう」と言い出す。
母から埋葬しましょう、と言われた時も父さん焼き鳥大好きなのに・・・・と彼女。

男子生徒が喧嘩を始めそうになり「誰か止めて」という叫びを聞いた彼女は、今にも喧嘩しそうな男子の頭を掃除用のデッキでぶったたく。
何故、そんなことをしたのか、の問いにはそれが一番手っ取り早く静かにさせる方法だと思ったから。

なんとも考え方がシンプルなのだ。
決して間違っていないし、最も合理的とさえ言えるのだが、世間の常識というフィルムで見た時、彼女はちょっと変わってる、という目で見られてしまう。

静かにさせる手立てが掃除用のデッキで良かったようなもので、もし、そこにナイフがあったら、どうしていたのだろう。
静かにするために一番手っ取り早いだろうと思い、刺しました。
となれば、ちょっと変わったでは済まされなくなる。

合理的でシンプルとはいえ、一歩間違えばそちらの世界に入って行きかねない危うさも合わせ持っている気がする。

彼女は自分は人から普通と見られていないことに気がついてからは人との関わりをなるべく持たずに生きてきたのだが、コンビニでバイトをする時に全てが変わる。

全てマニュアル通りにやっていればいいのだ。
初めて、人間社会で必要とされた。

そんな普通になったかに見えた彼女でも、三十半ば過ぎてもまだ結婚どころか、男付き合いが無い。就職もせずにバイトをしている・・。

学生時代の同年代から見れば、やはり変わっている。

そんな目から解放されるために打って出た策はアッと驚くものだったが、元々合理的な彼女にしてみれば驚くことでもなんでもない。

この本、読み物としての面白さ満載。

人が誰かの話し方を模写して行くことなどの視点も面白い。

何より興味深いのがコンビニというものの中の人間からの視点での描写。
実際に働いている人ならではの視点がいくつも。
著者自身、コンビニでの仕事を辞めたら書けなくなってしまう、というほどのコンビニ人間。

芥川賞、毎回、こういう本が選ばれるようになればいいのになぁ。