読み物あれこれ(読み物エッセイです) ブログ



殺人者たちの午後


死刑制度の無いイギリスでは、終身刑は最も重たい罪だが、その終身刑すらも無くなろうとしているのが現状。

この本に登場するのは、10人の終身刑の宣告を受けた人たち。
著者が実在の彼らをインタビューしていくノンフィクション。

殺人者たちへのインタビューというから、どれだけすさまじいものかと思いきや、
ごくごく普通の人と普通に会話している。

どの人も殺人を犯す瞬間だけ、何かスイッチが入ってしまったかの如くだ。

殺人者とはいえ、当たり前だが、十人十色、人生を悲観している人もいれば、ものすごい楽観主義の人も居る。
目が合ったヤツとは必ず喧嘩をしてきた男も、何度目かの刑務所で老囚からさとされ、勉学に励み始める。
ロンドンマラソンに出る、と毎日塀の中でランニングし続ける人もいる。

肝心の殺人を語る箇所だが、長年の恨みつらみの結果、犯行に至ったなどというのは一つもない。
結構、その場の成り行きの延長で、計画性もあまりない。
酔っている勢い、もしくは酔っぱらっていて覚えていない、というのも。

まだ獄中の人も居たが、大半は仮釈放と言う形で、保護観察官への定期的な報告をするだけで外の世界で暮らしている。

但し、やはり終身の刑であることには違いない。

20年前にまだ赤子だった自分の息子を殺してしまった男は言う。

「世界中の人間が自分を許しても自分は自分を許せない」と。

殺人者たちの午後 トニー・パーカー著



忘れられない脳


幼い頃の記憶、小学校や中学、高校の記憶、人間とはどんどん忘却していくものだ。

その忘却を一切しないとしたら、どんなことになるのか。

この本に書いてあるのは全て実話だ。

10年前の出来事だろうが、20年前の出来事だろうが、X月X日X曜日、私は何をして誰とどんな会話をして、その時にリビングからは○○テレビのこんな映像が流れていて・・・。

それが特にに特別な日だったわけじゃない。

物心ついてからのすべての日の記憶を鮮明に、まるで録画放送を流すかのように頭の中を記憶が駆け巡る。

これは特殊な能力なのだろうが、それによって、著者が何か得をしたとかいうことは特にない。記憶力に優れているといっても日常の記憶であって、教科書を丸暗記できるような記憶力とはまた違うのだ。

ある出来事を思い出すと、それに関連した出来事が次から次へと思いだされ、頭の中を暴走し始める。もうそうなるとほとんどパニックみたいなものだ。

記憶力がいいことは素晴らしい能力のように思いがちだが、この本を読むと、そもそも記憶することが能力なのか。忘却することの方が能力なのか、寧ろ後者ではないか、などと思えてしまう。

人は、不愉快な出来事、つらい出来事、悲しい出来事、そんなもの忘却の彼方に置いて行くことで、前向きな生き方が出来ている。

また、若かりし頃の記憶、学生時代の記憶など、思い出すたびに自分を美化し、自分に都合のいい記憶に塗り替えて覚えている。

昔はこうだったんだ!ああだったんだ!という自慢話に尾ひれを付けることを続けて行くうちに、どんどん記憶そのものも上書きされていくケースなど山のようにあるだろう。

それが出来ず、何かの連想でつらい日を思い出さざるを得なくなった場合、そのまんまの記憶で思い出すことはなんとつらいことだろう。

友人とのちょっとした口げんかなんかでも、皆すぐに忘れてしまうから、次に有った時には元通りで居られる。
会うたびにそのことを鮮明に思い出してしまっては、いつまでたっても気まずい気分から抜け出せない。

それでもこの能力、もっと何かに役立てないのだろうか。
裁判の証人になら完璧だろうが、そんな事件に出くわす可能性の方が低い。
彼女が囲碁棋士を目指すひとなら、場面場面を鮮明に覚えていることは強みにはなるだろうが、それだけじゃプロ棋士としては完璧じゃない。
棋譜はコンピュータが覚え、映像は録画ビデオが記憶してくれている。
彼女の強みはその膨大な録画を蓄えるハードディスクの容量と、何らかの検索キーワードでそれを呼び出す検索速度。
何十年の毎日毎日の全記憶ならスーパーコンピュータ並みだ。

やはり、まだまだ未解明の脳研究、記憶の研究に力を貸すのが、最も何かに役立てている、ということになるのだろう。

忘れられない脳 -記憶の檻に閉じ込められた私- ジル・プライス著



よろこびの歌


オムニバス形式で短編が繋がっていくお話。

第一話の主人公、玲と言う名の女子は音大付属を受験するが、まさかの失敗をし、他に何も考えていなかったので、新設校に入学することにした。

挫折した人ばかりが集まる学校なんだろう、と心を閉ざし、誰とも話さない。
そんな彼女が合唱コンクールの指揮者に指名されるが、皆は彼女の厳しい指導について来れず、結果は惨憺たるものに。

この学校、行事が大好きで行内合唱コンクールの次はマラソン大会。
走るのが苦手な彼女、最後尾からもうよろよろ状態で最後のトラックを廻っている時に聞こえた皆の歌声の素晴らしさに感動する。それは合唱コンクールでの課題曲だった。

そこから彼女は変わって行く。

音楽教師から合唱コンクールのリベンジを言い渡され、玲の厳しい指導のもとで合唱の練習が再開する。
その中には、第二話の語り手、家がうどん屋の同級生が居たり、
その次の、中学時代はソフトボール部のエースで四番だった同級生が居たり、実はこんな人だったの、という学級委員長が居たり、霊が見える子が居たり・・・。

あまり自信のない人が、周囲との関わりの中の中、だんだんに自信を付けて行く、というのが宮下奈都さんの定番の様に思っていたが、この本もそういうところはあるが、皆で何かを成し遂げて行こうとする、この一連の話が、宮下奈都さんの中でも一番のような気がする。

よろこびの歌 宮下奈都著