読み物あれこれ(読み物エッセイです) ブログ



この本を盗む者は


主人公の女子の曽祖父は町でも有名な本の蒐集家。
まるで図書館の如くに蒐集した本を読みに多くの人が訪れ、町そのものもにも本屋が多く、いつしか本の町として有名になっていた。

そんな曽祖父亡き後を継いだ祖母の代に、蔵書が大量に盗まれるという事件が起き、以降、一族以外の者の屋敷への出入りを禁じる。
そこで登場する「ブック・カース」という聞きなれない言葉。なんでも蔵書の本に呪いをかけたのとか。

屋敷は彼女の父親が管理していたのだが、父親が入院することになり、しぶしぶ屋敷に立ち寄る彼女。

彼女は本も嫌いなら、この屋敷を出入り禁止にした今は亡き祖母も嫌いで、この屋敷そのものも嫌いなのだった。

さて、そこからがファンタジーの世界の始まり。

おそらく妖精と言っってもいいのだろう。真白という名の謎の女の子が登場し、主人公もろとも読みかけていた本の中にいつの間にか入りこんでいる。
この町、読長町というのだが、町中の人も見知った顔ばかりなのに、全然別人の物語の登場人物になってしまっている。
本を盗んだ者を見つけないと、町は元通りにならないのだ。

そうやって雨男と晴れ男の兄弟の暮らす世界に飛び込んだり、西部劇のガンマンが活躍するようなハードボイルドの世界に入り込んだり、イメンスニウムという特殊な金属をめぐる『銀の獣』という話に入り込んだりする。

次の物語ではとうとう町の人たちが町から消えてしまう。

最後の物語で、そもそも大量に本を盗むというたくらみをしたのが誰なのか。
この一連のたくらみにそもそもどんな思いがあったのがが明らかにされる。

本嫌いの少女もいつの間にか本が好きになっている。
おおよそ、過去の本屋大賞にノミネートされるような本とは趣を異にしているが、本屋さんにすれば確かに嬉しい本なのかもしれない。

この本を盗む者は  深緑野分著



ザリガニの鳴くところ


世界中で湿地の消滅が続いているのだという。
1900年以降、世界の湿地の64%が失われたといくつかの科学的推計にはあるらしい。
今や毎年となった100年に一度の世界の異常気象、原因のことごとくをCO2が引き受けているかの如くの昨今の報じられ方だが、スポンジのように余分な水を吸収してくれる湿地は、洪水を防ぐ自然の防波堤の役割も果たしている。洪水のコントロールや炭素の蓄積などを担っている。
湿地の減少もまた異常気象の原因足りうるのだ。(ラムサール条約解説文よりの引用)
アメリカでも湿地の減少はすさまじく、この物語がの舞台となる1950年代~1960年代、70年代が湿地の減少が始まった初期のピークだろう。
湿地はさまざまな生命を育む地球上で最も重要な生態系でありながら、昔から人々には嫌われる。

ジメジメして鬱蒼と草が茂り近寄り難い湿地。
あまり人が住むには適さない場所と思われる湿地。

そんな湿地で育った少女の話。

酒浸りの父親の暴力が原因で6歳の時に母が出て行き、4人いた兄、姉全員出て行く。
最後にはその原因を作った父親も出て行き、幼な子がたった一人で湿地で生きて行く。

朝一番で沼地でムール貝や牡蠣を取り、麻袋に一杯にしてそれを近隣の店に引き取ってもらい、生計を立てる。

カイヤと呼ばれるその少女、街の人たちは彼女の事を「沼地の少女」と呼び、薄気味悪い存在と位置付ける。

10歳になっても文字すら読めない彼女に文字の読み書きを教える男の子が現れ、その子のお下がりの教科書で独学し、しまいには十代で沼地の論文まで書けるほどになる。
食べるものもまともな衣服もお金も何もない中で、自給自足の日々の暮らしだけでも大変なのに。
そんな彼女に読者は釘付けになるだろう。

1950年代~1960年代ってさほど昔でもないのに、アメリカではまだこんなにどうどうと黒人差別があったんだ、とあたらめて思い知る。
レストランの「黒人入店お断り」の看板。
白人の子供が黒人の大人に黒人に向ける侮蔑的な言葉。
カイヤは白人の子供だが、沼地の不気味な少女としてこちらも大人があからさまな差別をする。

後に、カイヤはある殺人事件の被告人席に座らされることになるのだが、まず、事故か、殺人かの明確な証拠もない。
彼女が犯行に及んだ証拠と呼べるものが何もない。
彼女には遠距離に行ったアリバイがあったにもかかわらず、その遠距離から深夜のバスに乗れば犯行は可能だった、などと到底起訴されるに至るはずのない状態にもかかわらず、殺人犯として裁かれようとしている。
アメリカの陪審員制度というのは考えてみたら、怖い。
こういう田舎の小さな街での陪審員とは街の人たち、全員、沼地の少女を知っている。
証拠がどうだろうが、心象だけで無罪の人を有罪にすることが出来てしまうのだ。

この本、全米700万部突破、世界で1100万部、日本では本屋大賞翻訳部門1位と大ヒット作。

2019年、2020年にこの本がアメリカでバカ売れしたのもトランプ政権下で、白人警官による黒人への暴行死事件など、これまで表に出ていなかった人種問題が再度浮き彫りになった事も背景にはあるのではないだろうか。

ザリガニの鳴くところ  ディーリア・オーエンズ著



あの本は読まれているか


方やニューヨークのCIA本部に勤務するタイピストの女性職員のシーン。
方やソビエト連邦にて強制収容所へ送られた女性の痛ましいシーン。

その二つが交互に登場する。

CIAの新人タイピストはスパイとしての才能を発掘され、徐々にその仕事のウエイトを増やして行く。
方やソ連の収容所から解放された女性はソ連の作家、パステルナークの愛人だった。
彼がが記したのが『ドクトル・ジバゴ』。
内容は知らなくても、どこかで聞いた事がある人は多いだろう。

ソ連では出版されることはないだろうと、思われていたこの小説が、海外の人の手にわたり、アメリカCIAが入手しようとし、更には国際問題にならないように秘密裏に出版して、ソ連の人たちの手に届けようとする。

そのあたりからようやくCIAのタイピスト女性スパイとソ連の作家の周辺とが話として繋がり始める。

冒頭のCIAに勤務するタイピスト達の女性達の低い扱いなどは、当時としては当たり前だったのだろうが、今ではあり得ない。
今流行りのジェンダー問題への一石などという読み方をする人もいるかもしれないが、作者の本意ではないだろう。
一つの時代を描いたに過ぎない。

まだまだ、ソビエト連邦は地上の楽園であると日本の進歩的と呼ばれていたメディアなどで喧伝されている時に、アメリカCIAはもちろん、ソ連の国民が一番、ソ連の恐ろしさに気が付いていたわけだ。

米ソ冷戦は終わったが、時代は新たな冷戦時代を迎えようとしている。

今度はどんなドクトル・ジバゴがうまれるのだろう。

あの本は読まれているか  ラーラ・プレスコット著