読み物あれこれ(読み物エッセイです) ブログ



あの本は読まれているか


方やニューヨークのCIA本部に勤務するタイピストの女性職員のシーン。
方やソビエト連邦にて強制収容所へ送られた女性の痛ましいシーン。

その二つが交互に登場する。

CIAの新人タイピストはスパイとしての才能を発掘され、徐々にその仕事のウエイトを増やして行く。
方やソ連の収容所から解放された女性はソ連の作家、パステルナークの愛人だった。
彼がが記したのが『ドクトル・ジバゴ』。
内容は知らなくても、どこかで聞いた事がある人は多いだろう。

ソ連では出版されることはないだろうと、思われていたこの小説が、海外の人の手にわたり、アメリカCIAが入手しようとし、更には国際問題にならないように秘密裏に出版して、ソ連の人たちの手に届けようとする。

そのあたりからようやくCIAのタイピスト女性スパイとソ連の作家の周辺とが話として繋がり始める。

冒頭のCIAに勤務するタイピスト達の女性達の低い扱いなどは、当時としては当たり前だったのだろうが、今ではあり得ない。
今流行りのジェンダー問題への一石などという読み方をする人もいるかもしれないが、作者の本意ではないだろう。
一つの時代を描いたに過ぎない。

まだまだ、ソビエト連邦は地上の楽園であると日本の進歩的と呼ばれていたメディアなどで喧伝されている時に、アメリカCIAはもちろん、ソ連の国民が一番、ソ連の恐ろしさに気が付いていたわけだ。

米ソ冷戦は終わったが、時代は新たな冷戦時代を迎えようとしている。

今度はどんなドクトル・ジバゴがうまれるのだろう。

あの本は読まれているか  ラーラ・プレスコット著



野良犬の値段


前代未聞の誘拐事件。

ネット上に現れた一つの文章。
「私たちは、ある人物を誘拐しました。この人物を使って【実験】をします」
それを見た一人の男がフォロワー欲しさのためにそのURLを拡散してしまう。

誘拐サイトは徐々に広まり、翌日、誘拐されたとされる6人の男の写真と名前がUPされると、一挙に世間の注目を浴びる。
まさにそれが犯人の狙いだったのだが、判明して行くのは、誘拐された人たちは皆、ホームレスだったのではないか、ということ。
行方不明者としての捜索願も誰も出さない。
もちろん警察も動かない。
犯人たちの目的は何なのか。

次にUPされたのは身代金要求の言葉。
身代金を要求されたのは新聞社やテレビの放送局というメディアばかり。
金額は2億から6億、企業によって異なるが全部億単位だ。
もちろん、新聞社も放送局も身代金を払う必要性を感じないし、払うつもりなど一切ない。億どころか一万円だって払わない、と言い切る。

そのうち新聞社一社が名指しされて、期限を切って返答を迫られる。
良い返答でなければ、人質1名の命は無いと。
名指しされた新聞社の拒否声明の翌日には誘拐されたホームレスの内の一人の首が発見される。そこからこの物語は始まる。
人質とは全く無関係だし、払う義理も義務も無い。そう考えるのは至極当たり前と思われる。またむやみに犯罪者に金を払うなどマスコミにあってはならない姿勢でもある。
しかし、犯人側の「何千億儲けているうちのたった2億を出し渋ったために貴重な命が失われた。残念だ」と自ら犯行に及んだくせに、まるで新聞社側の出し惜しみが命を失わせた、と言わんばかり。悪いのは犯人側だとわかりつつも拒否の態度を鮮明にしたこの新聞社の購読者数は徐々に減り始めると言う事態を受け、各社の内部にてもどういうスタンスで乗り切るかTOPと役員たちのやり取りが次から次へと切り替わって行く。

警察の動き、人権を重視する報道をする新聞社のTOP、最も視聴率が稼げる内容でありながらも自社が身代金を要求される側だけに微妙なテレビ局の制作スタッフ、日本で唯一の公共放送でありながら身代金を要求される局に至っては、ホームレスを見殺しにしたら、受信料の不払いに歯止めがかからないのでは?と心配し、「愛は地球を救う」といううたい文句のチャリティ番組でぼろ儲けするテレビ局はなんとかそのドル箱のチャリティ番組が始まる前に解決しないか、と気を揉む。

犯人たちの場面に切り替わるタイミングも絶妙だ。
犯人たちも相手の手の内を読みながら、次の一手一手を考え抜いて行く。

命の値段は確実に違うのだ。ホームレスの命の値段と大企業の社長の命の値段は違う。
犯人たちはそれを一番よく知っているが、人命は均等に尊いと訴えているはずのメディアがその命の値段に振り回される。
結構分厚い本なのに、とうとう一回も置くことなく読む終えてしまった。百田さん久々に大ヒットじゃないだろうか。

犯人たちはメディアに対しなんらかの恨みを持つ者達であることは容易に想像出来るが、この結末でメディア対する恨みは晴れたのだろうか。
復讐に成功したと言えるだろうか。裏取引に応じようとする姿だけでもWEBにさらしてしまえば、各メディアの打撃は計り知れないものになっていただろうに。

野良犬の値段 百田尚樹 著



熱源


樺太という土地。
そもそも誰の土地だったんだろう。

いろいろと考えさせられる一冊だ。

日本が樺太にからんでくるのは有名な間宮林蔵が樺太を探検してからだろう。
以後、ロシアと日本がそれぞれ領有権を争い、明治に入って樺太・千島交換条約締結によって樺太はロシア。
日本は千島列島の領有権を得る。
日露戦争後の講和条約により、樺太は北半分がロシア、南半分が日本となり、さらに第二次世界大戦にての日本の敗戦により、またまたロシア領となる。

元々住んでいたアイヌの人たちは、明治に入ってのロシア領の時代に大量に北海道に移住し、日本語教育を受けるが、彼らから見ての和人は彼らアイヌの人たちを文明から取り残された土人として見下す者もいる。
日本は学校教育を与えようとするが、それはあくまでも日本人としての教育であって、本来アイヌの人たちが望むものでは無かった。
この本では、ロシア時代にロシアの皇帝の暗殺を狙った革命家の仲間と目されて、サハリン(樺太)に流れて来たリトアニア出身ポーランド系のロシア人が流刑地で生きる希望を失う中、知り合ったアイヌの人たちの文化にほれ込み、友達になり、彼らからは兄貴と呼ばれる。そんな人から見たアイヌ。
北海道の石狩に流れ着いたが、やはり樺太へ帰ることにした日本系のアイヌ民族3人から見た樺太の日本とロシア。
彼はその後、南極大陸への挑戦隊にも加わる。

文明とは何なのか。
日本は文明開化の道を選択し、平和だった江戸時代の文明を捨てた。
アフガンだって部族社会という文化を残すか、首都カブールのような西洋文明に触れた文明を選ぶのか。
タリバンの台頭で部族社会へと舵を切った様に思える。
中国はウィグル自治区をはじめ、各自治区で同化政策を強行に進める。

結局は強いか弱いかなのか。
一見、観光資源としてのみ残った様なアイヌ民族だが、その心意気は残っていると信じたい。
北海道の大抵の地名はアイヌ民族が使っていた言葉から来ているのだし。

熱源 川越 宗一著