読み物あれこれ(読み物エッセイです) ブログ



てのひらの父


女性三人が暮らす下宿屋に突然、管理人の不在交代でやって来たのが男の管理人。
「ニシオトモミ」という名前だけ聞いていた主人公(下宿人の一人)は、その怖い目つきのそのスジの人を思わせる紳士が臨時管理人だと知ってびっくりする。

その怖い目つきの管理人と女ばかり三人の下宿というミスマッチ。アンバランスこそ、稀に見る、いや稀にも見ない、理想の管理人さんなのでした。

下宿人の女性はそれぞれに結構深刻な悩みや問題を抱えていたりする。

年上の男が好きで、バリバリのキャリアウーマンの下宿人は年下の男に惚れられ、あろうことか酔った勢いの間違いで妊娠。

また、もう一人の下宿人は司法試験に向けて猛勉強の日々。
お父さんの容態が悪いので・・という家族からの電話にも一切出ようとしない。

主人公は、というとこれが結構深刻な就職活動中。
30半ばにして、大した資格もスキルも無いからと言っても、ここまで深刻な状況にはならないだろう。
彼女の場合は、書類審査OK、面談結果良好、でその次に就職担当者が「念のために前職への問い合わせをしてみます」と言ったが最後、その話は消えて無くなる。

もはや履歴書も書き慣れてしまい、履歴書を送るという行為も単純労働化しつつある。

そんなそれぞれに問題を抱える女性たちの住む下宿で、こわもての管理人はどんどんその存在感を発揮する。

ここに住まうのは空かの他人同士で家族ではない。

「家族は万能ではない。家族だからこそ救えないことはいくらでもある」

ここらあたりが、この本のテーマなのかもしれないが、何より、このコワモテのオジサンが、朝飯、晩飯付きの下宿で食事の支度をする。
律儀さ満点。
「私が仕事だと思ったら、それはもう仕事なのです!」
とおせっかいも満点。

何よりこのキャラクターの魅力が満点の作品でした。

てのひらの父 大沼 紀子著 ポプラ社



魔王


読むのが前後してしまったが、この本があの「モダンタイムズ」の前段だったんだ。

「モダンタイムズ」の中で日本政府を動かすほどの財力を持つ安藤商会なる謎の存在。
その元締めの安藤潤也という謎の人物。

その若かりし頃がこの魔王で描かれている。

じゃんけんでは必ず勝つ。

10分の1は1。つまり10分の1の確率の勝負なら必ず勝つ。

新聞紙を25回折りたたむとその分厚さはどのぐらいか。
富士山の高さに匹敵するのだそうだ。
その話は魔王にもモダンタイムズにも書かれていた。

だから、競馬の単勝レースでこつこつと勝って行けば、しまいには日本を動かすほどの財力になるというわけか。

この魔王、前段は潤也の兄が主人公。

自分が腹話術という変わった超能力の持ち主であることにある時気が付く。
念じることで人に自分の念じた言葉をしゃべらせてしまう。

こういう人が外交官ならこの能力を活かせば、かなりのことが出来てしまうな。

時代はまさに政治に強いリーダーシップを求めている。
この魔王が書かれた時もそうだったろうし、今の世もそうだろう。

決められない政治が続けば、ともすればファシズムに走るかもしれないほどの強いリーダーの存在に期待は集まる。

この兄は、そんな集団に走る世に脅威を感じ、なんとかしてその強いリーダーシップで台頭して来た政治家に腹話術をしかけようとする。

同じファシズムを扱うにしても村上龍の「愛と幻想のファシズム」とは対極だ。
いや、伊坂氏には対極と言うような政治的な意図はないだろう。

「流されるな」「自分で考えろ」

寧ろそれだけかもしれない。

「魔王」の中では弟は競馬で蓄えて行く金でこの国を救いたいと考え、「モダンタイムズ」の中ではそうして出来あがったシステムが一人歩きをしてしまう。

どちらが先でもまったく問題なかった。両方読まれることをお勧めしたい。

魔王 伊坂 幸太郎 著



シャングリ・ラ


地球温暖化の話題が沸騰中の頃の作品だわな。
いや、温暖化の話題や問題が決して消え去ったわけではない。
それでも、ここのところ、ニュースや新聞からもほとんど地球温暖化の文字は消えつつある。
この10月に導入されたばかりの環境税、これは温暖化対策のためだったはずだが、新聞、ニュースともあまりその本質にはふれないままに導入された格好だ。
他の製品価格の値上がりの中の一項目みたいな紹介のされ方だ。
温暖化による影響を述べていた国際機関の報告書が実は憶測によるものだった、ということや、温暖化で海の水位は実は上がらないという学者が話題を振りまいたり、といったことだけが原因ではないだろう。
やはり原発問題。
この問題で温暖化問題はメディア上からは見事に消し飛んでしまった。
メディアで温暖化の問題真っ盛りだった時に、CO2の排出量を取引するとか言っていたあの話は今はどうなったんだろう。

その温暖化への究極の対策を展開するのがこの物語なのだ。

その排出量取引は将来のマネーゲームになるだろうとかつて予想されていたが、この未来小説の中では世界に炭素税というものが導入される。
各国がはき出す二酸化炭素の量に応じて炭素指数という物差しが導入される。

その炭素指数こそが、この物語の世界のマネーゲームの根源となる。
世界金融は炭素経済に移行し、炭素指数が上がる国の通貨は暴落する。
その炭素経済を操るのがカーボニストと呼ばれるエリート達。

日本も同様で東京では、「アトラス」と呼ばれる空中都市へ人々は移住し、地上はどんどん森林化して行く。
アトラスとは東京の空中に地盤を作り、その上に七階層、八階層と階層を重ねて行く新都市だ。
一階層がビル群が建てられるほどの高さなので、何階層かを積めば富士山をはるかにしのぐ高さになる。

アトラスへ移住出来るのは中流より上の層の人達だけで、残った人々は地上でどんどん森林化される中で生きている。

3人の少女達が主役的な役割りで登場する。
その一人が、炭素経済の元となる炭素指数を自在に操るプログラムを作り上げ、炭素マネーを自在に動かす。

また、別の少女はアトラスへ移住出来なかった人達が作る反政府ゲリラの親玉となって、政府軍を翻弄する。

話の規模も大きいし、かなりの長編である。

方やマネー戦争、方や実際の戦闘、人工知能コンピュータ対人間とまぁ楽しめる本ではある。元柔道日本代表のニューハーフの存在も面白い。だが、如何せん長すぎる。

どう考えたって死んだんだろ、という人間を何回も生き返らせたりしているのは、雑誌か何かで連載していたからだろうか。

話を長続きさせようとしているようにしか思えないくだりが後半は続くのだ。

単行本化する時にCUTすれば良かっただろうに。

そして何より終わりに近づくに連れ、話はもうグダグダだ。

だんだんと収拾がつかなくなってきたのだろうか。

東京以外の日本がまるで描かれていないのはどうなんだ。

あとがきで筆者は東京のシンボルとはなんだったのか、にふれているが、この物語じゃまるで太古の都が東京だったみたいじゃないか。

それでもまぁ、脱原発で火力発電フル稼働の今にしてみれば、こんな近未来への想像たくましくなるというほんのちょっと過去もあったんだなぁ、という念も湧いてくる。

シャングリ・ラ    池上 永一著