月別アーカイブ: 9月 2013



憤死


いままでに綿矢りさの小説作品は何作も読んできた。
「インストール」や「蹴りたい背中」に始まり、「勝手にふるえてろ」や「かわいそうだね?」などなど、どの作品の主人公も女性だ。
女子特有のもやもやした感情を書いているのに、不思議と暗い物語にはならず、スムーズに読んでいけるものばかり。そんな読みやすさが気に入っていた。

しかし今回の「憤死」は、男の子の主人公の作品もあった。
いつもの癖で女の子だと思って読み始めたので、男の子だとわかってからも最初はほんの少し違和感があったが、読んでいるうちにすぐ慣れた。
全4作品の中でも印象に残った2つを紹介したいと思う。

■トイレの懺悔室
少年たちが公園で遊んでいると、よく声を掛けてくるおじさんとの交流から始まる。
そのおじさんの自宅へ行った時、おじさんはキリスト教の考え方を子供たちに話し、牧師めいたことを語った。
そしてひとりひとり薄暗いトイレに来てもらい、子供たちの懺悔を聞こうというのだった。
主人公の男の子は残忍なやり方で虫を殺したことを告白。
そして万引きの経験を打ち明けた。最初はおじさんの牧師の真似事を馬鹿にしていた少年だったが、懺悔することでどこか心が晴れるのを感じた。

そして月日が流れ、少年たちが再会したとき、おじさんの話題になる。
おじさんの様子を見に行くこととなった主人公は、年老いて弱ったおじさんの姿を見ることとなる。
懺悔しに来た時のことを思い出し、暗い気持ちになったところで物語は終わる。
人が弱くなったところを見るのが怖くて、お見舞いには行きたくないという彼の考え方が妙に心に残った。

■憤死
このタイトルで、憤死をいう言葉をはじめて知った。
文字通り、憤りすぎて死んでしまうことらしい。

愛する人と別れることとなり、自殺未遂をしたという昔の同級生、佳穂。
これだけ聞くとなんとも繊細な女の子を想像してしまう。
しかし彼女、別れが悲しくて飛び降り自殺未遂をしたわけではない。
別れたことが悔しくて、腹立たしくて怒りに打ち震えていると、気が付いたらポンと飛び降りていたのだという。

主人公の女の子は、この話を聞いて学生時代の佳穂のことを思い出していた。
ウサギ当番をしない佳穂を、みんなが責めたことがあった。
彼女は主人公の女の子を連れて、おとなしくウサギ小屋に向かった。
そして餌の入ったバケツを持ち上げると、狂ったようにバケツをそ振り回し叩きつけ、激昂したのだ。

佳穂はケーキを食べるとき、最初にメインのいちごにフォークを突き立て、食べてしまう。
佳穂は自分の自慢話ばかりを並べ、主人公を今も昔も見下しきっている。
決して万人受けするとは思えない佳穂。
しかし怒りを全身で表現し、感情をぶつける佳穂の行動を読んでいると、なぜだろう、完全には憎めなくなってしまう。
死んでしまうほど激しい感情を持つ彼女の素直さに、魅力さえ感じた。

「憤死」に収録されている、「おとな」「トイレの懺悔室」「憤死」「人生ゲーム」は、どれも幼少時代の話が基盤にあり、大人になってから再会したり理解が深まったりして、話が進むという共通点がある。
子どもの時はなんとなく過ぎ去ってしまった体験も、大人になり振り返ってわかることもあるということだろうか。
作品の内容1つ1つだけではなく、本全体の構成からもテーマが読み取れる一冊だ。



天佑なり


高橋是清と言う人、明治、大正、昭和初期の他の人が主人公の話にちょくちょく登場する。
中でも印象に残っているのが城山三郎氏の「男子の本懐」だろうか。
そこでは悪く書かれているわけではないが、結果としてあまりいいイメージではない。

浜口雄幸と井上準之助が命がけで進めた金解禁。

浜口が倒れた後、内閣総辞職で次に発足した犬養毅新首相と高橋是清新蔵相が、浜口と井上の成果をひっくり返し、真逆の金輸出再禁止に踏み切ってしまう、というもの。

財政を拡大し、景気を刺激するのが得策か、財政を縮小し国の借金を減らすのが最優先か?
結構、いつの時代に手も議論されて来ていることのようだ。

いつも登場はするが、いざ高橋是清と言う人そのものにスポットを当てた本というのを読んだのはこの本が初めてだ。

この人、「人間万事塞翁が馬」を地で行くような人生。

若い頃にアメリカに渡るが、訳も分からずにサインをしたものが、自分を見売りする契約書で、危うく奴隷としての生涯を送ったかもしれない。

帰国後いくつもの仕事に就くが当初は教師の仕事が多い。

その教え子には後にバルチック艦隊を破った帝国海軍の名参謀となる秋山真之だの、日本銀行本店ビルや東京駅やら両国国技館やら名だたる名建築物を残したこれまた天才辰野金吾なども居たりする。
後にそのお教え子辰野金吾の下で下働きをしたりもする。

それにしてもこの人の若い頃ってどれだけ簡単に仕事を捨ててしまっているのだろう。
今の就活に悩む若者が知ったらさぞかしうらやましい限りだろう。

若き新校長として赴任する時などは、一度も登校することもなくやめてしまっている。

それでも次の仕事が向こうからやって来る。
それだけその当時は英語に堪能な人が如何に重宝がられていたか、ということなのだろう。

現場主義で現場を見て無駄をとことん省くこつを心得ている。
とにかく発想が柔軟で、前例がないという反対は、軽くぶっつぶす。
前例がなければこれを行う事でそれを前例とせよ、と。

知的財産についても早くから目をつけ、日本で概念すらなかった商標や特許を守ることが急務だと、米、英、独の実情を研究した上で日本で初となる特許庁の創設をやり遂げてしまう。

そうかと思えば相場で失敗し、またペルーでの鉱山採掘事業に失敗。(本来彼自らの失敗ではないかもしれないが)そんな失敗の一つ、一つを全て自分の糧に変えてしまう。

欧米にも広い人脈を築き、日露戦争の時など、日本に戦争を賄えるだけの外貨がほどんどなかった時に、この人の才覚で戦費の4割以上を外債発行で調達して来てしまう。
日本が負けると誰しも思う中でやり遂げてしまうのだから尋常の沙汰ではない。

途轍もない才覚だ。

冒頭の浜口雄幸、井上準之助VS高橋是清ならば、高橋是清を間近で読んだからだけではない。
明らかに高橋是清に軍配があがることはその後の歴史を見れば明らかである。

明治日本には、国家の危機と言う時に、本当に稀な天才が何人か現われ、国家を救うのだが、高橋是清もそんな天才の中の一人だろう。

天佑なり 幸田真音(こうだ まいん) 著