月別アーカイブ: 4月 2010



告白 


「私の娘は事故で死んだのではありませんでした。このクラスの生徒である誰かに殺されたのです」
中学1年生の最後の終業式の教室で担任が語る言葉としてこれほどインパクトのあるものがあるだろうか。

まだ四歳の幼い一人娘を亡くした担任の女性教師。
学校のプールに事故で転落という扱いとなり、警察でもそのように処理されたが、真相は転落事故などでは無かった。

殺した生徒は八つ裂きにしたいほど憎いが、逆に教師は生徒を守る義務があるから警察には言わないから安心せよ、と彼女は言う。

だが、そうでは無かった。
少年法に委ねるなんて生やさしいことでは無くってもっともっと厳しい罰を与えたとも言える。

終業式の場では犯人を名指しせず、A、Bと匿名でしか言っていないが、クラスメートにしてみれば誰のことなのかは一目瞭然。

司法という大人に委ねるのではなく、中学生という大人のルール無き社会の中のしかもクラスメートの中に放置しておいて自分は教師を辞するということで後々どんなことが起こってしまうのか、それまで担任として接して来た人間なら容易に想像がついたのだろう。
この本は事前に読んだ人から、なんとも後味の悪い作品ですよ、と紹介された。
だが、そうだろうか。

なんとも斬新な裁きではないか。

少年事件というもの、加害者の審判の途中経過はおろか、審判の結果すら被害者には一切伝えられない。
それどころか、せいぜい家庭裁判所を経て保護観察処分、そして事実上の無罪放免。

そんな裁きに委ねるぐらいなら、というこのがこの女性教師の思いなのだろう。

章毎に語り部が変り、各々の立場からこの一連の事件のストーリーが語られる。

惜しむらくは、単行本にするにあたって書き下ろした部分の中の最後。
再度、辞職した先生が語り部として登場するあたりあだろうか。

確かに最後の結びは必要なのだろうが、そこまでは敢えて書かずに読者の想像に委ねておいた方が良かったのかもしれない。

少年A、Bの飲む牛乳にHIV感染者の血液を混入した、という冒頭の終業式の発言だけで、実際はどうだったかまで書いてしまうのは寧ろ蛇足かもしれない。

ただ、この本、もの凄い人気だったのだろう。

小説推理新人賞を受賞し、2009年の本屋大賞を受賞したのだとか。
単行本から文庫化されるのも早かった。

そしてこの5月か6月には映画化までされるのだという。

なるほど。映画化ともなれば、やはり最後のエンディングがなければシマラナイ気がする。



いさご波 


お家断絶の上、仕官のかなわぬ武士というのは現代では、就職先の無い若者よりももっと厳しいものがあったのだろうな。

職業選択の自由がないのだから。
それに武士としての矜持を守らにゃならんのだから。

赤穂浪士の討ち入りと言えば格好いいが、家族を息子を大事に思った人にはどう映ったのだろう。
「沙(いさご)の波」ではまさにそんな「討ち入り」に加わらなかった武士の流浪の果てとその息子の仕官して後の話である。

赤穂の格好いい討ち入り武士達は歴史に名を残したが、加わらなかった卑怯者の汚名を甘んじて受けた47人以外の武士達にとっては、屈辱を味わう日々だったのだろう。

討ち入り武士達の家族や一族郎党もあの華々しさの影になってしまっているが、出家を強いられるのはまだましで、島流しの目に会う者、や路頭に迷ったあげくに衰弱死したり、と散々である。

そんなことにはさせじ、と討ち入りに参加せず、息子の仕官だけを願って死んで行った父。
願いかなって仕官をした息子にその後に与えられた使命とは?

安住さんの本は初めて読んだ。
味わいのある書き手の方と思われるのだが、あまりに短編すぎるように思えてしまう。
この「沙の波」などはもっともっと掘り下げて長編にされても良かったのでは?
などと言うのはしろうとの単純な発想なのかもしれないが・・。

これは短編だから味わいがあるのです、とツウの方からお叱りを受けてしまいそうだ。

武士というのは体制的には現代では官僚に近いのだろうとぼんやりと思う。
ただ、違うのは武士には矜持というものがあったというところだろうか。
そんなことを言えば、現代の官僚にだって矜持のある人もいるだろうから誤解を招かないように書き添えると武士とは上から下まで矜持そのものだったのではないだろうか。
矜持を失って生き延びるぐらいなら腹をかき切る方を選択するのが武士。
まぁそこまで言えば、現代人に真似の出来る人間など居るわけがない。

そんな武士の話だが、感動した!などという感想が出るような作品でもなく、わくわくした!などという感想が出るような作品でももちろんない。

ただ、末端の武士の哀切あふれる小編が「波」というキーワードのタイトルで五編収録されている。

そんな頼りない感想で恐縮だが、興味をもたれた方にはおすすめする。

いさご波 安住洋子 著(新潮社)